그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.5

それでもあなたと恋がしたいのです。
그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.

 

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「で、今日は一体何の会なの」
「よっちゃんが私を慰める会」

頬杖をついて呆れ顔でこちらを睨む彼女は、私に確認することもなく店員に「生二つ」と注文した。
私たちが座っているのはシックでモダンなインテリアが並ぶオシャレなイタリアンレストラン、なんて品のいいところではなく、我が後輩、津島善子の家の近所にある焼き鳥屋のカウンターだ。事あるごとに彼女に連絡してはこの店で延々と婚活の愚痴をこぼしているので、一番奥のこの席はもはや定位置のようになってしまっている。

「またダメだったの? どうやったらそのスペックで何連敗もできるのよ」

褒められているのか、けなされているのか。彼女は信じられないという顔で私を見た。
ビール片手に「お祓いでも行ったら?」と適当なアドバイスをくれる彼女とは就職してからよく飲みに行くようになった。それは家が一駅隣という点と、学生時代は一緒にコミケに行ったような、言わばAqoursの中でも特に何でも話せる仲だという点が大きい。

「会場でね、昔好きだった人に会ったの」
「それって、大学のとき片想いしてたけど音信不通になったって人?」
「……うん」

彼女にはその相手が曜ちゃんであることは伏せていた。何でも話せる彼女にも唯一言っていないこと。何年も忘れられない恋の相手は高校時代の同級生で、私と同じ女性。きっと彼女だったら理解してくれる。そう思っていてもいざ口にしようとすると唇は鉛みたいに重くなって上手い具合に動いてはくれなかった。

「ふぅん。そんな偶然あるのね。で、チャレンジしてあえなく撃沈したの?」
「うん」
「へぇ。それはご愁傷様。ま、よかったじゃない。これで思い残すことなく忘れられるでしょ」
「うん……」

そう頷きながらグラスの中で弾ける泡を見つめる。口に出して認めてしまうと余計に胸に来るものがあった。

「そう思ってるならもう少し明るい顔したら?」

わざとらしい溜息をつきながら彼女は焼き鳥の盛り合わせの皿から串を一つ取った。タレのついた肉を齧りながら彼女は続ける。

「ねぇ、リリー。いい加減現実を見なさいよ。いつまで昔の恋に縋ってるつもり? 貴女このままじゃ一生結婚できないわよ?」
「分かってる、よ。わかってる。頭では理解してるの。でも、仕方ないじゃない。どれだけ忘れようとしても、次の恋を探そうとしても、思い出しちゃうんだもの」

彼女と会っていない間ですら、ふとした時に彼女の笑う顔を思い出し、ここに彼女がいたらなんて考えては上の空で恋人の話を聞いていたものだった。
思い出したくなくても、ちらつくのだ。彼女と行った場所、好きな食べ物、聴いた歌。彼女の柔軟剤の匂い、手の握り方。五感全てに彼女との思い出が刻まれていて、携帯のメモリーみたいにタップ一つで簡単に削除なんてことはできない。

「リリーは恋がしたいの? それとも結婚がしたいの?」
「え?」
「今のご時世、恋なんてしなくても結婚はできるじゃない。結婚したいんだったら割り切ってそういう相手を探せばいいだけでしょ」
「それは、……そうかもしれないけど」

彼女の言っていることは分かる。既婚の称号が欲しいのであれば恋だの愛だの言うのではなく、経済的に困らずにやっていけるかどうかで判断すればいいだけの話。相性なんて二の次だ。安定した生活のために打算的な考えで婚活している人はたくさんいる。

「でも、どうせするんだったら、ちゃんと好きな人としたいし……」
「そりゃ万人がそう思ってるわよ。けど、このままだったら婚活することすら無意味でしょ」

いつもより厳しい意見に反論する言葉が出てこない。
彼女のことを忘れられない限り、私はいつまで経っても次のステップを踏み出せない。そんなこと何年も前から分かっているけど。
黙ったままの私に、彼女は「わかった」と何かを思いついたように口を開いた。

「次の婚活、必ずカップル成立させてきなさい。そして最低一回はデートに行くこと。さもないともう二度とリリーとご飯には行かないわ」
「どうしてそうなるのよ」
「こうでもしないと前に進まないでしょ。たまには愚痴じゃなくて惚気のひとつでも聞かせてみなさいよ」

そう言って彼女はビールをぐいと飲み干した。
必ずカップル成立なんて、相手が自分を選んでくれないことにはどうしようもない。そんなことでこの安らぎの場を失うくらいなら婚活には行きたくない。そう彼女に伝えようとすると、「これまで散々愚痴を聞かされたんだもの。リリーに拒否権はないからね」と釘を刺された。
その後何度も彼女にお願いしてみたけど、提示されたハードルが低くなることはなかった。







「はぁ……」

リリーを駅まで見送り、家路を辿る途中。空には満月から幾分か欠けた月がぼんやりと浮かんでいた。思わず漏れ出た溜息が月の美しさゆえに出たものだったらよかったのだけど、残念ながらそんな情緒に溢れたものではない。

彼女の想い人が誰なのか、私は知っている。
何年前だったか、手を繋いで夜の街を歩く彼女たちを偶然見かけたことはそれまでの自分の推測を確信づけるきっかけではあったけれど、それ以前からひょっとしたらと思うことは何度もあったので、幸せそうに歩く二人を見てもあまり驚きはしなかった。
むしろ驚いたのは曜が取った行動の方だ。周りを気遣うことに長けている彼女が明らかにリリーを傷つける形で彼女の元を離れていくことは想像しにくかった。たとえ恋人ができたとしても、彼女だったらきちんと事情を説明して誠実さを見せそうなものなのに。きっと何か理由があったのだとは思うけれど、リリーから彼女の名前を伏せる形でその話を聞いたのは一年前の話で、かれこれ数年会っていない曜がその当時何を思ったのかは今のところ分からずじまいだった。

「それにしても、未だに教えてくれないのね、名前……」

リリーから曜の話を聞くときは必ず「大学時代に片想いしてた人」という呼び名になる。代名詞は「彼」でも「彼女」でもなく「その人」。性別に触れないのは、隠したいけど嘘はつきたくないという想いからなのだろう。私が「知ってるよ」と一言言ってしまえば済む話だけど、相手の触れてほしくないことにわざわざ自分から突っ込んでいくほど私も子どもではなかった。ただ、そうやって隠されれば隠されるほど、何かもやもやとした濃霧のようなものが胸を襲っていることは間違いない。
私は同性愛に対して偏見はないし、あの二人だったらむしろお似合いなのではないかと思う。でも、梨子は決して私に真実を告げようとはしなかった。そして私はその事実に傷ついた。
友人へのカミングアウトが本人からすればとても勇気のいる行為であることは分かっていても、彼女の自分への信頼度はそんなものなのかと、友人が同性に恋をしていると知って態度を変えるようなやつなのだと思われていることが悲しかった。

もっと信用してくれてもいいじゃない。
一人で抱え込まずに相談してくれていたら、私だって何かできたかもしれないのに。

そう思うことがよくある。もちろん、二人をくっつけたりとかそんな難易度の高いことは非リアの私には無理かもしれないけれど、せめてリリーが曜と話せる機会を作ることや、そうでなくても傷ついた彼女の傍で寄り添うことくらいはできたはずだ。
まぁ、こんなタラレバを今さら言っても仕方のないことだけど。

線路沿いの道をのろのろと歩いていると、バッグの外ポケットに入れていた携帯がブーッと震えた。画面にはリリーからのメッセージが表示されている。

『今日はありがとう。次、がんばってみるね』

散々「そんなの無理」とか「別のにして」とか文句を言っていた割にえらく前向きなメッセージだったので拍子抜けした。

婚活に励んで次の相手を見つけようとしている彼女は前進しているように見えてその実は後退している。
いつまでもいつまでも過去の恋に囚われ続け、前に進もうとあがけばあがくほど反動で婚期からは遠のくばかりだ。
長年彼女に付き合わされている身としては、いい加減前に進んでほしかった。

ねぇ、リリー。貴女についた傷ならいくらでも舐めてあげるわよ。でも心の奥にできた一番大きな傷はいつまで経っても癒えないままでしょ?
自分でその傷を掘り返しては痛い痛いと嘆くのはそろそろ終わりにしなさいよね。
いい? 曜は貴女を選ばなかったの。もう七年も前に答えは出ているのよ。ちゃんとその事実を受け入れなさい。

全て今日言い損ねてしまったけど。
あの調子なら心配しなくても……というわけにもいかないのがあのメンドクサイ思考回路の持ち主だ。

「ままならないわね」

恋なんて。
容姿端麗、頭脳明晰、ピアノの腕前はプロ並み。料理も上手だし、性格だって悪いわけではない。というか、優しい。高校生にもなって中ニ病をこじらせ、堕天使だの魔界だの、今思うと黒歴史以外の何物でもない時代の私の相手をしてくれたのは彼女だ。一見、そういうことには拒絶反応を示しそうな彼女が私のよく分からない遊びに付き合ってくれたことが、あのときの私にとってどれほど勇気を与えてくれたか。彼女は知らないだろうし、この先一生教えるつもりもないけど。その優しさに私は救われていた。
そんな彼女が恋などという難解な迷宮に迷い込んでいるのだ。その手を取って出口へ導くことは出来なくても、背中を押して前へ進む手助けくらいはしてあげたかった。

手の中で光る携帯に視線を落とす。彼女の送ってきたメッセージにスタンプを一つ返し、家へと向かった。

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