그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.7

 

それでもあなたと恋がしたいのです。
그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.

 

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見覚えのある鮮やかな深紅を見つけたとき、少しだけ脈拍が上がった。おそらく冷や汗も背中を伝っていたと思う。

職場の先輩に半ば強引に誘われた婚活パーティーで出会ったのは、将来の伴侶ではなく、大昔に自らの手で関係を断ってしまった大切な人。

『あれ、梨子ちゃん?』
『……曜、ちゃん?』

思わず声をかけてしまったけど、突然降ってきた奇跡的な再会は私にとってあまり嬉しいものではなかった。



彼女への好意を自覚したのは高校の頃だった。
ただの友達のはずなのに、隣に居るとドキドキして、触れられた場所は火傷しそうなほど熱を帯びた。最初は病気なんじゃないかと本気で心配して、鞠莉ちゃんに相談したらとても優しい笑みを浮かべてその病名を教えてくれた。
耳を疑ったよね。恋の病なんて。しかも梨子ちゃんに。
彼女のことはなんでも話せる親友だと思っていたので、当時は自分が女の子を好きになったことにも、その相手が梨子ちゃんであることにも少なからずショックを受けていた。でも、数カ月もしてしまえばそんなことどうでもよくなるくらい、私は彼女ばかりを目で追うようになっていた。
芽生えてしまった恋心は大学に入ってからもすくすくと成長し、恋人の真似事のようなことをしてはまた恋の土壌に水を撒いた。おそらくあの頃の私たちは両想いで、手を伸ばせばすぐに大きな愛を実らせることができたのだと思う。でも、どんなに愛情を込めて水をあげたところで恋の花が咲くことはなかった。
昔は果南ちゃんに「曜はヘタレだなぁ」とよくからかわれたけど、彼女に好きだと伝えられなかったのは、私がヘタレであること以上の問題がそこにあったから。

大学に入ってから再開した高飛び込み。どうせやるなら上を目指したかったから、毎日練習に明け暮れて、気付けばあっという間に全国の舞台に立っていた。練習した分だけ結果が出たあの頃は飛び込みが楽しくて仕方なかったし、もっと綺麗に飛べるようになりたいと、そんな情熱を持って純粋に競技に打ち込めていたんだと思う。

そんな気持ちがどんどん冷めてしまったのはいつからだったろう。

大学二年にあがってからの大会で念願の全国制覇を果たし、夏のオリンピックが来年開催されることもあってか専門誌の取材を受けたことがあった。記事自体は誌面の半頁にも満たないようなものだったけど、そこに載った写真がどうやら随分と評判がよかったようで、あれよあれよと言う間に『元アイドルの高飛び込み選手がいる』という噂が巷で広がり、ネタに飢えたマスコミに目をつけられることになった。大会後に取材を受けるぐらいならいい。それで高飛び込みに興味を持ってくれる人が増えるなら営業スマイルの一つや二つ、お安い御用だ。でも、一部の記者はそれだけに留まらず、大学の練習中に突然押しかけたり、帰り道に待ち伏せされたり、ただの一般人に対してするには異常とも言える執着心で来る日も来る日も追い回された。取材を申し込んできたかと思えば、質問は高飛び込みには関係のない色恋沙汰のことばかり。恋人がいなくても飛び込みはできるのに。彼らはやたらと私の恋愛事情を知りたがっていた。
そんな毎日に疲弊していた私の唯一の癒しは梨子ちゃんだった。彼女さえいてくれればどんなに不躾な質問を受けたって、しつこく尾行されたって、萎えた心は自然と息を吹き返す。砂漠のオアシスとはまさに彼女のことだ。

そんな日々の中で起きてしまった些細な事件。
二人でご飯を食べた帰りにデザートのクレームブリュレが美味しかったとか、次は新しくできたカフェに行きたいとか、たわいない話をしながら歩いていた。何の拍子か、二人の間で揺れる手がちょこんと触れる。それを合図にいつもみたいに彼女の手を取ろうとしたとき、背中に嫌な視線を感じた。振り返ると道路脇に停めてあった車に人影。見覚えのある黒いワゴン。おそらく、いつも付きまとってくるあの記者の車。

「曜ちゃん? どうしたの?」

不思議そうな目で私を見つめる彼女に心配をかけたくなくて、「何でもないよ」と笑って答える。
でも、その日彼女の手を握ることはできなかった。

これが私が彼女から離れた一つ目のきっかけ。
大なり小なりスクープになるような話題が欲しい彼らに二人が手を繋いで歩く写真を撮られたらどうなるか。女の子同士なのだから手を繋ぐことぐらいあるだろうと言えば終わりなのだけど、彼らにあることないことを書かれて記事にされるだけでも不快なことこの上ない。つい先日も同性愛者であることをマスコミに暴露されてしまった俳優が芸能界を引退したニュースが流れたばかりだ。他人のセクシャリティなんて自分たちとは無関係なことなのに、残念ながら世間の目は自分とは異なるものに反応してしまうようで、そのニュースは瞬く間に全国に広がった。
そんな風に晒される対象が自分だけならまだいい。我慢していればそのうち彼らもすぐに飽きるから。でも、彼女を巻き込むことだけはしたくなかった。

そして、彼女の傍にいてはいけないと思った最大のきっかけはまた別にある。

映画を観に行こうと彼女と駅で待ち合わせをしていたときのこと。外は雨が降っていて、しとしとと雨粒がアスファルトを濡らしていた。
時間丁度に現れた彼女と映画館に向かおうとしていると、五歳くらいの小さな女の子が目に入った。一人でぽつんと駅前に佇む少女はやけに目を引いて、迷子かなと彼女と足を止める。しばらく見ていると、少女は何かを見つけて顔をパァッと明るくした。少女の視線の先には仕事帰りと思しき女性がいて、少女が「ママー!」と駆け寄る。
「迎えに来てくれたの?」
「うん、だってママ、傘持ってないでしょ?」
「ありがとう」と少女を抱き締める女性。「苦しいよぉ」と嬉しそうに笑う少女。子どもが母親を迎えに来た、よくある光景だった。
迷子じゃなくてよかったと、その微笑ましいワンシーンを見届けて再び彼女と歩き始めたとき、彼女がこう言った。

「ああいうの、ちょっと憧れちゃう」

そのとき私は何と答えたのか。今となっては覚えていないけど。ただ、彼女がその母娘を見つめる慈愛に満ちた瞳だけははっきりと網膜に焼き付いていた。

これが二つ目にして最大のきっかけ。
たったこれだけのこと。でも、私にとっては十分すぎる理由だった。
どれだけ彼女のことを愛していたって、お互いがお互いを求めていたって、こればっかりはどうにもならない。

いつか彼女も誰かと恋をして、結婚して、子どもを産む。
その幸せは私とでは掴めない。私と居たのでは彼女は幸せにはなれない。

その考えに行き当たってからは早かった。

毎日していた連絡は私からすることはなくなった。彼女からメッセージが届いても、返したい想いを堪えながら既読だけつけてアプリを閉じた。連絡を断ってしまえば彼女と会うことすらなくなり、自分たちの間にあった糸はそれほど簡単に途切れてしまうものなのだとその希薄さに悲しくなった。
そして、見計らったようなタイミングで部活の同期に紹介された男の子と付き合った。それで彼女への想いが断ち切れたらいいな、なんて勝手なことを思いながら。

付き合い始めて二週間ほどが経った頃。家に遊びに来た彼を駅まで送ろうと外に出たとき、アパートの外階段の前で立ちすくむ深紅を見つけた。
心臓が、止まるかと思った。
なんで、って。
よりによってどうして今日なの、って。
このまま彼女と鉢合わせになったとして、私は彼女に何と言うべきなのか。混乱する頭を必死に働かせたけど、彼女を傷つけない上手い理由なんて出てくるはずもなくて。

何も浮かばないまま階段を下りたとき、そこに彼女の姿はなかった。
ほっとしたのも束の間。
私は見つけてしまった。
階段の隙間から覗く、彼女の鮮やかな髪を。寒さに震えるその身体を。

すると、さっきまで全然働いてくれなかった脳みそは急にエネルギーを手に入れたように動き出し、これが唯一無二の答えだとでも言うように私の体を動かした。
気付いた時には私は先を歩く彼の手に自分の指を絡め、物陰に隠れる彼女に見せつけるように寄り添って歩いていた。

私の選んだ答え。
梨子ちゃんを傷つけて、彼女から離れること。
それが一番いいと思った。

梨子ちゃんには男の子と普通の恋愛をして、普通に結婚して、子どもを産んで、幸せな生活を送ってほしい。

たくさん、たくさん、幸せになってほしい。

だから、こんな最低な私のことは早く忘れて。

素敵な男性と恋に落ちて。

傷つけてごめんね。

自分勝手でごめんね。

幸せにできなくてごめんね。

心の中で何度も何度も謝った。
彼女に届かなければ意味が無いと分かっていても、そうせずにはいられなかった。

その後しばらくしてから彼とは別れた。真剣に愛してくれる相手に同じだけの気持ちを返せないことがひどく辛くて、私から別れを告げた。彼のことまで傷つけてしまい、きっと私には誰かを幸せにすることなんてできないんだと思うと、それからは恋愛することすら怖くなってしまった。
彼女という心の支えを失ってからは高飛び込みもスランプにはまってしまい、抜け出せないまま時が流れて、結局オリンピックに出ることは叶わなかった。話題性のなくなった私にマスコミも興味を示さなくなり、ようやく彼らの監視からは解放されたけど、そのときの私は夢中になれる特技も、大切にしたい誰かも失ってしまっていて、抜け殻みたいに残りの大学生活を過ごした。

だからあのとき婚活パーティーで彼女を見つけてしまったことは、私にとって罰のようなものだったのだと思う。誰かと恋に落ちる彼女を見届けるのだと、神様に言われたような気がした。その宣告に抗いたかったのか、誰かと付き合う気もない私があの日全力で頑張ってしまったのは、彼女に向く好意を一つでも少なくしたかったからという往生際の悪さが働いたせいかもしれない。
彼女の幸せを願っているはずなのに、矛盾した行動に自分で笑ってしまう。

ダメだなぁ。ちゃんと決めたはずなのに。梨子ちゃんを前にすると、固く決めた心がいとも容易く揺らいでしまう。
もう会うのはこれっきりにしようと、二度目の再会を果たしてしまったときに決心したのに、別れ際に彼女が「また会えない?」なんて訊くものだからぐらりと心が揺れ動く。
水族館で繋いだ手、淡い光に照らされる彼女の顔、月を見つめる琥珀色の瞳。彼女と過ごす時間全部が封をしたはずのあの頃の気持ちを簡単に思い出させる。

一緒にいたいけど、いられない。
将来のこととか、世間体とか、子どものこととか。考え出すとキリがなくて、いつも頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何も考えたくなかった。
クラゲみたいに脳みそがなければ、こんな風に悩むこともなかったのに。
ぷかり、ぷかり。水中を自由気ままに泳ぐ彼らを心底羨ましく思う。

でもね、あのときちゃんと考えた自分の選択は間違っていないと今でも信じているから。
いい加減けじめをつけようと、心に精一杯蓋をして彼女に告げた台詞で二人の間に線を引く。

『次は梨子ちゃんの婚活が成功したときにお祝いしよっか』

きっとこれでいいんだよね。







「そう言えば、この間一緒に飲んだ桜内さん、ようやく相手見つかったんだってね」

制服を脱ぎながら、先輩が私を振り返る。就業後の更衣室には先輩と私の二人きり。シャツのボタンを外す手を止めて彼女を見返す。

「どうして先輩がそんなこと知ってるんですか」
「桜内さんの同僚の子から聞いたの」

先日の飲み会で二人が意気投合していたのは知っていたけど、どうやら連絡先の交換まで済ませていたらしい。
知りたくもないお知らせを聞いてしまい、心の中で苦笑い。苦手なポーカーフェイスをキープしたまま「そうなんですね」となんでもない風を装う。

「曜も余裕ぶっこいてると婚期逃すわよ」
「あはは、気をつけまーす」

着替えを済ませた先輩は「お疲れ~」と先に更衣室を出ていった。ドアが完全に閉まり、先輩が離れたことを足音で確認してから溜め込んでいた息を大きく吐き出す。

「そっか、上手くいったんだ……」

十連敗を乗り越えてやっと巡り合えた相手。きっと彼女にお似合いの素敵な人なんだろう。
案外早かったなぁ。まぁ、梨子ちゃんなら当然か。彼女なら条件を満たす相手さえ見つかればすぐにカップル成立してしまうだろう。
よかった、よかった。
自分に言い聞かせるように心の中で唱え、少し考えた後、鞄のポケットから携帯を取り出した。アプリを開いて数年ぶりに彼女の名前を呼び出す。トーク画面は空っぽ。そこにポチポチと文字をタップしていく。

『聞いたよ、婚活上手く行ったんだってね! おめでとう!!』

何もなかったトーク画面にぴょこんとメッセージが現れる。自分で引いた引き金は思いのほか反動が大きくて、やけにじんじんと痛みが残るなぁと思っていたら、どうやら撃ち抜かれたのは自分の心のようで。暗くなった画面に映る自分の顔は、結婚の第一歩を踏み出した友人を祝うものと言うにはあまりに歪んでいて、見て見ぬふりをするように携帯を鞄の中に押し込んだ。

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