그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.9


それでもあなたと恋がしたいのです。
그래도 당신과 사랑을 하고 싶어요.

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夕方から降り出した雨はバケツをひっくり返したような激しさで街を濡らしていた。アスファルトの上に大きな水たまりができ、歩く度に水しぶきがバシャバシャとたつ。

「うわぁ、やっぱり早く帰っとけばよかった」

買い物ついでに本屋に寄ったら『制服大全』なんてマニアックな本を見つけてしまって、ちょっとだけと立ち読みしていたら知らない間に外が真っ暗になっていた。買った本をバッグに詰めて駅へと向かう。いつもは人で賑わう通りも雨脚が強いせいか人通りはまばらだ。信号待ちをしている間も傘を叩く雨音がバシバシと容赦なく響く。
信号が青に変わり、急ぎ足で横断していると向こう側からやってくる男の人とすれ違った。その人は右手で傘を差し、左手に閉じたままの傘を握りしめて、とぼとぼと歩を進めている。
お迎えかな。こんな大雨の日にお疲れ様です。
そんなことにほんの少しだけ気を取られていたら、傍を通った車が水たまりの水を大きく跳ねさせ、私の服はその餌食となった。
傘を差しているのに全身ずぶ濡れ。服もスニーカーも、湿度百パーセントで気持ち悪い。

「どっかの堕天使みたいな運の悪さだなぁ」

不意に思い出した高校の後輩。最近めっきり会っていないけれど、不幸の星の下に生まれたと嘆いていた彼女は元気だろうか。
東京にいるらしいし今度連絡でもしてみようかなとそのお団子頭を思い浮かべながら、ぐちゃぐちゃになったスニーカーで駅に向かった。







「うわ、すごい雨だね」
「ですね……」

お店に入るまでは降っていなかったのに、二時間経って外に出れば叩きつけるような大雨。店先の雨避けは小さくて、みるみるうちに二人の足元が濡れていく。

「桜内さんは傘持ってる?」
「すみません、持ってないです……」
「だよね。天気予報だと降るなんて言ってなかったもんなぁ。ちょっとそこのコンビニで傘買ってくるから待ってて」
「え、あの、」

私の言葉を待たずに彼は数件先にあるコンビニへと走って行ってしまった。
その背中を見つめながら、思う。

こんなにいい人なのに。
どうして、私は。

数分前に彼に告げた言葉が自分でも信じられなかった。
スポーツ万能、料理上手、気遣い上手、コミュ力が高くて、欠点なんてなさそうだけどちょっと自信がない感じの人。私の理想ドンピシャ。彼以上の人なんてこの先婚活会場で出会うことなどないだろう。
でも、あのとき、私には彼との未来が見えなかったのだ。彼の隣で子どもと一緒に笑っている自分を思い描けなかった。
代わりに見えてしまったのは、月の下で海月をぼんやりと眺める彼女の瞳。

ごめんなさい、と告げたときの彼の顔はまるで心を刃物で刺されたようで、罪悪感がぶわりと込み上げる。この先、私は何度も今日のことを思い出し、その度に馬鹿な選択をした自分のことを嘲るのだろう。

ほんと、バカだなぁ。

目の前の幸せよりも、手に入らないと分かっている彼女を選んだ。
結局、どれだけ彼女と同じ条件をクリアした人がいたとしても、私は彼女じゃないとダメなのだ。

こんな気持ちのまま彼を待つことなどできなくて、彼の携帯にメッセージを送り、土砂降りの中歩き出す。
冷たい雨が全身に打ち付け、みるみる体を濡らし、冷やしていく。お気に入りのワンピースも、買ったばかりのミュールも、高かったバッグも。全部ずぶ濡れ。傍から見ればさぞ不格好で可哀想な人だろう。すれ違う人たちは面倒臭そうに私を避けていく。

「きゃっ」

霞む視界の中、ふらふらと歩いていると、歩道の途中に急に現れた段差につまづき、アスファルトに膝から崩れ落ちた。

「いっ、た……」

こけた痛みとか、雨に奪われた体力とか、過去に囚われたままの自分とか。いろんなものに疲弊した体は動く気力を失い、両手をついたままその場に固まった。
もはや頬を流れる水が叩きつける雨なのか、別の何かなのかも分からない。

「もぅ、…っ、や、だ……」

彼女を忘れられない自分が。
彼女と幸せになれない現実が。
私を苦しめる彼女との思い出が。

無様で、惨めで、未来も見えなくて。
こんなことなら、全部消えてしまえばいいと思った。




しばらくその場で雨に打たれていると、突然、体に降り注いでいた雨がピタリと止まった。でも、雨音は相変わらずザァザァと響き続けている。何が起きているのか分からない。俯いたままの視界には誰かのずぶ濡れになったスニーカーが映った。

「だい、じょうぶ?」

鼓膜を震わせたのは聞き慣れた声。
顔を見なくても分かる、大好きだったあの声。
まさかと思いながらゆっくり顔を上げると、水色の傘と水色の瞳が目に入った。

「立てる?」

彼女の言葉にふるふると力なく首を横に振る。

「どこか怪我した?」

また横に首を振る。

「手貸すから、とりあえずちょっと避けよう?」

無言のまま、繰り返し首を振る。

「梨子ちゃん、」

いつもは優しい彼女の声が少しだけ強くなった。でも、突然目の前に現れたその人の姿を、混乱した状態の私は素直に受け入れることができなくて。

「……放っといて」

やっと絞り出した声はか細く、雨音に掻き消されてしまいそうだった。

「目の前で友達がずぶ濡れになってるのに放っとけるわけないでしょ」

そんなことを当然とでも言うように口にする彼女に無性に腹が立った。
何が「友達」だ。
いつもヒーローみたいに現れて、私の気持ちを揺さぶって。
今でも私は友達以上の感情でしかあなたのことを想えないのに。
あなたは簡単に私を手放したのに。

「自分から突き放しておいて、今さら友達面なんかしないでよっ!」

込み上げた想いが音になって爆ぜた。
どうせもう終わった関係なのだ。我慢する必要なんてない。ここで全部ぶちまけてしまっても、私と彼女の関係性が変わることはもうないのだから。

「……ごめん」

彼女の傷ついた瞳が目に入ったけど、今は気遣う余裕はなかった。私だってもう随分と傷ついてきたのだ。

「ぜんぶ、曜ちゃんのせいだよ」

「え?」

「誰と付き合っても本気になれないのも、月とかクラゲを見る度に曜ちゃんのこと思い出すのも、せっかく上手く行きそうだった人のこと振っちゃったのも、今こんなところで雨に打たれてるのも、全部ぜんぶ曜ちゃんのせい!」

今度は雨音に負けないほどの声で彼女を責めた。言いがかりも甚だしい。でも、止められなかった。
通り過ぎる人が訝しげにこちらを伺っては離れて行く。

「何それ……だって、梨子ちゃん、結婚したいって、子ども欲しいって言ってたじゃん。私とじゃどっちも叶えられないよ?」

「分かってるよ、そんなこと。でも、仕方ないじゃない。それでも私は曜ちゃんがいいの。曜ちゃんと恋がしたかったの!」

その場の空気を切り裂くような悲痛な叫びが路地に響いた。

今さら好きになってほしいなんて言わない。だから、せめてほんの少しだけでいいから私の痛みを知って。あなたを忘れられない私のことを覚えておいて。

彼女の海馬に少しでも残るように願いをこめる。そんな私を見て、彼女はしばらく呆然としていた。傘を叩く雨音が一層強さを増していく。どれくらい経ったのか。固まっていた彼女は無言のまま鞄をごそごそと漁り出した。そして、何かを掴んだ右手を私に突き出す。

「もう会うことなんてないと思ってた」

彼女が差し出したそれをおずおずと受け取る。
私の手のひらの上にはくしゃくしゃになった紙が一枚。雨で湿り気を帯びた紙をゆっくりと開くと、それは私がこれまで何度も目にしてきたあの紙だった。

カップリングの投票用紙。彼女と再会したあのパーティーの。
そこに書かれた見覚えのある文字を見て視界が歪む。

『第一希望︰桜内梨子』

それだけが彼女の丸っこい文字で書かれていた。

「私だって梨子ちゃんのせいで誰ともまともに恋できなかったんだからね」

私を責めるその言葉の響きはとても優しくて。矛盾するそれらに頭はさらに混乱した。

「なんで、……だって、曜ちゃん、」

他の誰かを好きになったんでしょ?
だから、私から離れて行ったんでしょ?

「たくさん傷つけてごめんね。悲しませてごめん。私じゃ梨子ちゃんを幸せにできないって思ったら、離れることしかできなくて。でも、もし、こんな私でもまだ希望があるなら、」

周りの雑音が聞こえなくなる。
彼女の声にチューニングを合わせて。
その音を極限まで拾う。

「私と恋、してくれますか?」

アスファルトから跳ね返る雨が二人を濡らして、もはや傘は意味をなさなかった。でも、そんなことどうでもよくなるくらい、わたしは、

「わ、ちょっと梨子ちゃんっ?!」

膝を曲げて傘を私の方に傾けていた彼女に抱きつく。傘は彼女の手から離れてひっくり返った。彼女は尻もちをつき、私はその上に覆いかぶさる。彼女の服はびしょ濡れで冷たかったけど、その向こうに感じる体温は火傷しそうなほど熱かった。

「もう、絶対、ぜったい、はなさないで」

私を幸せにできるのは世界であなた一人だけだから。責任取って死ぬまで離したりしないで。

彼女の肩口に顔を埋めて呟くと、腰に回された腕にぎゅっと力が入った。
大雨の中、いい歳した大人が二人、歩道のど真ん中で抱き合う。地べたでずぶ濡れになっている私たちが、通り過ぎていく人たちからどんな風に見えているか分からないけど。
今、私は、間違いなく幸せだ。

「うん……一生離さない」

神様の前で交わす言葉のように、私たちは互いの傍にいることを誓った。



私たちは結婚も、子どもを授かることもできない。法的にも、科学的にも、難ありな時代。
歳を重ねて、周りが家庭を築いていく中、子供の話で盛り上がる友人の輪の中に入れなくて気まずい思いをすることもあるかもしれないし、親に「まだ結婚しないの?」と小言を言われ続けるかもしれない。人の目が気になって彼女とケンカをしてしまうかもしれないし、誰かの気のない言葉で傷つくこともあるかもしれない。周りの理解が得られなくて辛い思いをすることはたくさんあると思う。

同じ性で生まれてきた私たちがこれから歩んで行く道は決して明るいばかりではないけれど。


それでも私は、

あなたと恋がしたいのです。

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