生徒に恋をしました
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7377044
教育実習生の桜内さんと生徒の渡辺さんの話
続きます。
幼稚園の頃は周りから褒められていたこともあって「ピアノのすごい人になる!」と無邪気に言っていた。
小学生になってもその夢は諦めておらず卒業アルバムの将来の夢を書くスペースにも下手くそなピアノの絵と一緒に「世界で活躍するピアニスト」と大きな文字で書いた。
中学生になってもピアノは続けていて全国大会にも行った。本当にピアニストになれるのではないかと淡い期待を抱いた。
高校生になって自分の限界を知ってしまった。そして私はピアニストにはなれないのだと自覚させられた。
その頃から私の将来の夢はもうひとつの憧れであった先生に変わった。
そして、現在──
「皆さん、初めまして。桜内梨子です。今日から一ヶ月間、こちらで教育実習をさせていただくことになりました。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。パチパチと聞こえる拍手の中でゆっくりと頭を上げると目に入ったのは窓から二列目、一番後ろの席の子。全体的に整った容姿の中で悲しげなアクアブルーの瞳が強く印象に残った。名前が気になって教卓の出席簿で探していると元気いっぱいの声が聞こえてくる。
「梨子ちゃんだ!」
「えっ…」
「千歌だよ!昨日、一緒に海に落ちた千歌だよ!」
顔を上げると一番後ろ、ただし先程の子ではなく窓から一列目のオレンジ色の髪を持つ子が立っていた。昨日、海に落ちた、その単語だけで彼女のことを思い出す。気がつけば、自分でも吃驚するくらいの大声を出していた。当然、生徒たちもみんな驚いていた。
「た、高海さん…」
頰が引き攣った。再会するとは思ってなかったから。
教育実習を行うために私は東京から母校のある内浦まで来ていた。学校に顔を出した後、久しぶりに海の音が聞きたくなって昔よく行っていた場所に向かった。しばらくして陽が傾き始めた頃、そろそろ帰ろうと立ち上がった。ちょうどその時だった。私が高海千歌さんに出会ったのは。後ろから「だーめ!」って叫び声をあげて突進してくる女の子。驚き振り返った時には私のお腹に見事なタックルをかましていて、堪えきれず海にふたりして落っこちた。
危うく溺れ掛けたけど、なんとか海から上がって、ぐっしょり濡れた服に身を包んだまま私は浜辺に座り込む。後ろから頭にタオルを被せられて「なにがあったか分からないけど自殺はダメだよ!」とお叱りの声が飛んできた。どうやら彼女は私が自殺しようとしていると勘違いをして、止めに来たらしい。明日から教育実習が始まるのに自殺するわけないでしょと思ったけど、その事を彼女が知っているわけもないので「自殺しようとしたわけじゃないよ」と返した。驚いた声を上げる女の子。
私の前に立って「じ、じゃあ、チカの勘違いだったの?」と尋ねられて、チカって名前なんだと思いながら頷いた。すると力が抜けたのか私と同じように浜辺に座り込む彼女がいて、変わっているけど素直で可愛い子だなって頰が緩んだ。勘違いをしていたのが恥ずかしいのか真っ赤になった顔をこちらに向けるチカさん。「じゃあ、どうしてあんなところに居たの?」と尋ねられた。笑われるかもしれないけど、どうせ今日しか会わない子だ。別に言ってもいいだろうと「海の音を聞いていたの」と答えた。チカさんは笑わずに真っ直ぐな瞳で「聞けた?」と尋ねてきた。首を傾げながら「微妙かな」と答えると残念そうな声が漏れ聞こえてきた。きっと彼女は良い子なんだろうな、と頭の片隅で思いながら私は立ち上がった。濡れたままだと風邪を引いてしまいそうだし、そろそろ帰るということを伝えると彼女も私と同じように立ち上がった。
屈託のない笑顔で「私は高海千歌!高い海に、千の歌って書いて高海千歌だよ!よろしくね!」と挨拶をしてきた。伸ばされた手を握り締めながら「私は桜内梨子。桜に内側の内で桜内、果物の梨に子供の子で梨子だよ。よろしくね」と返した。
バイバイと手を振る高海さんに手を振り返して、下宿先の旅館まで向かった。
「はぁ…」
職員室の中に用意された自分の机に頬杖をつきながら盛大に溜め息を吐いた。あの後、高海さんが私のところにやってきて大騒ぎをしたところでHRを終えたのだ。準備があるからと担任の先生と一緒に教室を抜け出して、現在に至る。
時計を見るともうすぐ授業が始まりそうな時間だった。また高海さんが騒がないといいなって思いながら教室に向かう。がらりと扉を開くと私を見つけた高海さんがやってきた。今度はひとりではなく、ふたりで。今度はふたりで騒がれるのかなと思いながら高海さんから視線を逸らして、もうひとりの子を見る。ここに来て初めに気になった悲しげな瞳をする女の子が立っていて、吃驚した。
「梨子ちゃん、私の幼馴染みのヨウちゃんだよ!」
「こら、梨子ちゃんじゃなくて桜内先生でしょ!」
まだ教育実習生だけど、一応ここでは私も先生だ。流石に名前で呼ばせるわけにはいかない。高海さんを見ながら叱ると明らさまに嫌そうな顔をされた。
「えー、梨子ちゃんでいいでしょ!」
「ダメです。桜内先生って呼んでください」
「むぅ……じゃあ、梨子ちゃん先生!」
先生って付ければいいというわけじゃないのだけど…。苦笑いをしていると高海さんの隣からくすくすと笑い声が聞こえてくる。もちろん笑っているのは高海さんが連れてきたヨウさん。先程までしていた悲しげな瞳…ではなく、透き通る瞳を持った彼女は私を見ながら自己紹介を始めた。
「渡辺曜です。出席簿に名前書いてあると思いますけど、渡るに辺りで渡辺、曜は曜日の曜です」
渡辺曜さん……。うん、ちゃんと覚えた。
やけにキラキラして見えるのは私だけなのかなと思いながら「よろしくお願いします」と手を前に出すとしっかりと握り締められた。嬉しそうな顔をする渡辺さんにつられて、私まで頰を緩ませる。隣を見ると少し頰を膨らませて、いかにも拗ねてますって表情をする高海さんが立っていた。
「ふたりだけ仲良し、ズルい!」
「挨拶してただけだよ。授業が始まるから席に戻ろう」
「私も梨子ちゃん先生とお話する〜!」
「それは後でしようね」
騒ごうとする高海さんの背中を押して、席まで戻る渡辺さん。幼馴染みと言っていたし、たぶん扱いにはなれているのだろう。ありがとうって私の声はチャイムの音に掻き消された。
気がつけば教育実習を始めて、すでに一週間が経過していた。やっぱり教壇に立つのは緊張するけど多少は慣れてきて楽しいと思いながら授業をしている。生徒との関係も概ね良好だ。高海さんが私を梨子ちゃん先生と呼んでいたのが他の生徒にも移って、みんなが私を梨子ちゃん先生、梨子先生と呼ばれるようになっていた。ちょっと恥ずかしいけど、親しみを持ってもらえるのは嬉しいので注意は一、二日くらいでやめた。もちろん私を桜内先生と呼んでくれる生徒も居る。高海さんのクラスではひとりだけ、渡辺さんだけは私を桜内先生と呼び続けていた。
渡辺さんは優秀な生徒だ。授業中の居眠りはないし、小テストはいつも満点、どうやら定期テストも常に上位にいるみたいで、それに加えて、運動神経は抜群、なにをやらせてもすぐに熟してしまう人らしい。彼女のことを聞いた全員が口を揃えて『完璧な人』『特別な人』と言っていた。確かに凄い子だと思うけど、どうしても私には彼女が完璧とは思えなかった。理由を挙げるとしたら、やっぱり瞳だ。いつもは透き通ったアクアブルーだが、たまに悲しげなものに変わる。何かあるのだろうかと気になって本人に「悩み事でもあるの?」と尋ねてみたが首を横に振られた。無理やり話させるわけもいかず、その時は「私でよかったら、話を聞くからね」と言って話を切り上げた。
「でも、やっぱり何かあるよね…」
下宿している旅館の大浴場で呟いた。いつもなら人がいるけど、今日は誰も居ないみたいだ。高校生の頃だったら貸切という状況に浮かれて、ちょっと大きな声で歌ったりしていただろうけど、流石に大学四年生になってまでそんなことはしない。ボーッとしているとがらりと扉が開いた。どうやら人がやって来たようだ。湯気があるので、どんな人が来たのか分からない。どうせ知らない人だろうなって思いながらゆらゆらと動く姿を見つめている。こちらに近づいてきた。少しずつ姿で見えてきて、あれ?と思い始める。はっきりと見えた瞬間には吃驚した。
「もしかして、高海さん…?」
「あっ、やっぱり梨子ちゃん先生だ!」
「どうして、ここに…?」
「ここの旅館、私の家だから!先生こそ、どうしてここにいるの?」
「教育実習中、ここに下宿させてもらってるの…」
こんな偶然もあるのかと驚いていると高海さんは嬉しそうな顔をする。タオルを持っているなら前くらい隠してほしいのだけど…。まぁ、私が見なければいいだけの話だからあえて何も言わない。
「そうなの!?それなら先に言ってよ!」
そう言われても私は高海さんがここの旅館の子だということを知らなかったし、先生が軽率に自分の住んでいる場所を生徒に教えるのもどうかと思う。苦笑いをしていると入り口から「千歌ちゃーん」と声が聞こえてくる。知っている声だった。どきりと心臓が跳ねたのは先程まで彼女のことを考えていたからであって、他意はない。
「千歌ちゃん、誰か居るの?」
「あっ、曜ちゃん!梨子ちゃん先生がいるの!」
「桜内先生…?」
ゆっくりとこちらに近づいてくる渡辺さん。私の顔を見ると驚いた顔をしていた。すぐに柔らかい笑顔を見せて、「こんばんは」と言われる。同じように「こんばんは」と返すと便乗した高海さんも大声で「こんばんはー!」と叫んでいた。
「どうして、先生がここに?」
「高海さんにも言ったけど、教育実習中はこの旅館に下宿させてもらってるの」
「そうなんですか?」
「ええ、渡辺さんはどうしてここに?」
「週末だけ曜ちゃんは私の部屋にお泊まりするんだよ!」
私の問いかけに答えたのは渡辺さんではなく高海さんだった。渡辺さんは開いた口を閉じて、にこりと笑う。仲が良いなって微笑ましくなる。それと同時にちょっとだけ高海さんが羨ましくなった。水音を立てながら湯船から上がる。長湯しすぎたせいで、肌がすこし赤くなっていた。
「先生、上がっちゃうの?」
「これ以上、入っていると逆上せちゃうからね」
「えー、面白くない!もっと話そうよ!」
「そう言われても…」
「千歌ちゃん、先生を困らせたらダメだよ」
助け船を出してくれたのは渡辺さんだった。高海さんの背中を押して、シャワーが並ぶところに導きながら「ほら、私たちは体を洗おうよ」と苦笑い。ちらりと私を見たかと思えば、ウインクをしてきた。多分いまのうちに行ってください、ということなのだろう。頭を下げて、足早に立ち去ろうとしたのが間違いだった。子供みたいに濡れたタイルに足を滑らせてしまったのだ。このままでは倒れるって目を閉じたところに大きな声が響いた。
「桜内先生…!」
背中に軽い痛みが走った。同時に倒れかけた体はピタリと止まった。多分、高海さんか渡辺さんのどちらかが後ろから支えてくれたのだろう。私を桜内先生と呼ぶのはこの場にひとりしか居ないからすぐに分かった。ゆっくりと体を立て直す。振り返ると心配の色を隠さないアクアブルーが私を見つめていた。
「渡辺さん…」
「梨子ちゃん先生、大丈夫?」
「えっ、うん…。渡辺さんのおかげで…」
「流石、運動神経抜群な曜ちゃんだね!」
「そんなことないよ…。間に合って良かったけど…」
「渡辺さん、本当にありがとう…」
ぎこちなかったかもしれないけど、彼女を安心させるために笑顔を見せた。一気に頰を赤に染める渡辺さん。逆上せちゃったのかな?と手を伸ばそうとするけど避けられた。そのまま背を向けて歩き出す渡辺さんを見て、高海さんは焦った表情を浮かべる。
「次からは気をつけてくださいね」
「あっ、曜ちゃん…!待ってよ!」
梨子ちゃん先生、またね!と手を振って渡辺さんのところに向かう高海さんに小さな声でまたねと呟いた。聞こえていたかどうかは分からないけど。どうして渡辺さんは急に態度を変えたのだろうとモヤモヤする気持ちを胸に抱えたまま私は大浴場を後にした。
扉をノックする音で意識が浮上した。顔を枕に埋めながら手探りで携帯を引き寄せた。瞼が完全に開かない。薄っすらと目を開いて、時刻を確認するとまた七時前だった。今日は日曜日で学校もないのに、どうしてこんな朝早くに起こされないといけないのだろう。二度寝をしようと布団の中に潜り込もうとすると、察知でもしたのか声がした。
「梨子ちゃんせんせー!起きてー!」
この声は高海さん…。そういえば、私の下宿先は彼女の家の旅館だった。大方、家族か従業員に私の部屋の場所を聞いて訪ねてきたのだろう。ようやく回り始めた頭で考えた。別に訪ねてくるのは構わないけど、時間を考えて欲しいものだ。高海さんが大声で私を呼んでいるともうひとりやってきた。
「千歌ちゃん、なにやってるの?」
やっぱり渡辺さんだ。ガバッと布団の中にいた体を起き上がらせる。どうしてか自分でも分からないけど彼女がいるなら起きてもいいと思ってしまったのだ。布団から抜け出して、シーツを外してから乱雑に畳んで壁の隅に置いた。
「曜ちゃん!先生を起こしてるんだよ!」
「こんな朝早くに?」
「だって、先生とたくさんお話したいもん!」
「先生が起きてくるのを待ってあげたほうが…」
扉の前で高海さんと渡辺さんが会話を続ける中、私は慌てて着替えをしていた。流石にメイクをしている時間も、部屋を片付けている時間もない。早くしないと渡辺さんが高海さんを部屋に連れて帰ってしまうと思って着替えだけを済ませて扉を開いた。
「ふたりとも、おはよう…」
「梨子ちゃん先生、おはよー!」
「おはようございます……大丈夫ですか?」
「えっ、なにが?」
「髪の毛が…」
「爆発してるね!どかーん!って!」
「……整えてくるから待っててね」
「えー、部屋に入れてよ〜!」
「それはダメ!そこで待ってなさい!」
扉を閉めて、ずるずると座り込む。渡辺さんに爆発した髪の毛を見られちゃった…。いや、高海さんにも見られたけど、どちらかと言うと渡辺さんに見られたのが結構ショックだった。たぶんクラスの中で彼女だけが私のことを本当に先生だと思ってくれているからだ。先生としての威厳が保てなくなると思ったからショックを受けているのだ。他に理由なんて存在しない。
ゆっくりと立ち上がって、鏡の前に移動する。確かに爆発という言葉が似合うほど髪の毛があちこちに跳ね飛んでいた。溜め息を吐きながら、整えていく。自分で言うのもなんだけど髪はサラサラだからすぐに整って、いつも通りのストレートに戻った。眼鏡をかけて、部屋の扉を開けるとふたりが同時に私を見る。
「あー、戻ってる」
「千歌ちゃん、当たり前だよ…」
「写真撮っておけばよかったぁ…」
「……高海さんは朝から元気ね」
「寝てないから!」
「それなら私のところに来てないで寝たほうがいいんじゃない?」
若いからと言って徹夜は良くない。寝るように言ってみるけど嫌と即答されてしまった。苦笑いでふたりの立っている部屋の外に出て、扉の鍵を閉める。ポケットに鍵をしまってから高海さんを見ると頰を膨らませていた。たぶん部屋に入れてもらえなかったのが不満なのだろう。さっき部屋に入れてと言っていたし。
「それで高海さんはどうして私の部屋に訪ねてきたの?」
「もっと梨子ちゃん先生と仲良くなりたいから!」
「仲良くって…嬉しいけど、私は三週間後には居なくなるのよ?」
「関係ないよ!仲良くなりたいの!」
「……まったく、仲良くなりたいってなにをするの?」
「とりあえず、カナンちゃんのところに行こう!」
カナン、また新しい女の子が出てきた。高海さんのクラスには居ないから他学年の子かな。それとも彼女がよく行っているお店の店員さんか。どちらか分からないけど、ここに居て部屋に入れろと言われるよりは彼女の言うカナンさんのところに行ったほうがいい。朝早くに訪ねて迷惑にならないか心配だけど。
「こんなに朝早くに訪ねて平気なの?」
「カナンちゃんなら大丈夫じゃない?」
「たぶん大丈夫ですよ」
「じゃあ、その人のところに行きましょうか」
「やったー!行こう!行こう!」
嬉しそうな顔で走り出す高海さんを渡辺さんが仕方なさそうに笑って追いかける。私も続いて「走ったら危ないよ」とふたりを叱りながら追いかけた。ようやく追いつくと、そこは船乗り場。カナンさんのところに行くにはどうやら連絡船に乗らないといけないようで出航を待っている間に色々と教えてもらった。
カナンさんの本名は松浦果南さん。私の実習先である浦の星女学院の三年生、それから高海さんと渡辺さんの幼馴染み。背が高くて、スタイルがよく、面倒見がいいお姉さんらしい。家はダイビングショップを経営していて、どうやらいまから行く場所はそこのようだ。少しだけ会うのが楽しみになった。それから高海さんにふたりのお姉さんがいることも教えてもらった。彼女が我儘というか自由奔放なのは末っ子だからなのかと納得する。まぁ、幼馴染みである渡辺さんと松浦さんにも面倒を見てもらっているのも彼女を自由にしたひとつの要因だろうけど。
話が渡辺さんに関することに移ろうとした時、ちょうど連絡船がやってきた。あと少しで彼女のことを知れたのに、残念と苦笑いをしながら乗り込む。出航すると話し手はまた高海さんに移った。話すのが好きな子なんだなって微笑ましくなる。ちょっとだけ渡辺さんの話も聞きたくなったのは彼女たちには内緒だけど。
「果南ちゃーん!」
外でお店の準備をしている松浦さんに高海さんは駆け寄った。邪魔にならないかなと思って、私は離れていると手を掴まれる。高海さんでも、もちろん松浦さんでもない。私の手を掴んだのは隣に立っていた渡辺さんだった。吃驚して、彼女を見ると爽やかな笑顔を向けられた。ドキッとしたのは彼女の笑顔をあまり見ることがなかったから。
「先生も行きましょう!」
「えっ、でも…」
「大丈夫ですよ。果南ちゃんは優しいですから!」
どうやら私の考えていたことは彼女に筒抜けだったようだ。私の手を引いて走り出す渡辺さんの隣に追いついて並ぶ。嬉しそうな顔をされたから私も同じように頰を緩ませた。一緒に階段を駆け上がると高海さんが松浦さんの手を引っ張ってこちらに連れてくる。高海さんと渡辺さんはかなり似た者同士のようだ。ちょっとだけ羨ましくなった。
「果南ちゃん!この人だよ!梨子ちゃん先生!」
「こら、千歌!桜内先生でしょ?」
「梨子ちゃん先生だよ!」
「えーと…」
「あっ、すみません。私は松浦果南です。先生のことは千歌から少しだけ聞きました」
「私は桜内梨子です。私も松浦さんのことは高海さんから聞きました」
似たり寄ったりな挨拶がちょっと面白くて笑ってしまう。松浦さんも同じなのか、口元を手で覆いながら笑っていた。不思議に思った高海さんが「なになに?」と聞いてくるので、松浦さんと顔を見合わせてから「内緒」と答える。どうやら渡辺さんは私たちが笑っていた原因を察しているみたいだ。「千歌だけ仲間外れみたいだよ!」と拗ねたことを言う高海さんに私だけが慌てて、幼馴染みのふたりは上手に宥めていた。
「私はお店の準備に戻りますけど、先生はゆっくりして行ってくださいね」
「ありがとう、松浦さん」
お店の中に消えていった松浦さんを見ていると後ろから高海さんに呼ばれた。振り返ると渡辺さんと一緒になってテラス席に座っているので駆け寄る。空いている席に着けば話し始めるのはやっぱり高海さんで、私と渡辺さんは黙って彼女の話を聞くだけ。ちらっと隣に座る渡辺さんを伺うけど全く嫌そうな顔はしておらず終始笑顔で相槌を打っていた。数十分後にはお店の準備を終えた松浦さんがやってきて、彼女の話に移る。松浦さんも話をするのが大好きみたいで、特に海の話をするときの彼女はキラキラと輝いていた。渡辺さんもこんな風に好きなものを話してくれたらなと思ったけど、それを口にすることは出来ない。松浦さんか高海さんのどちらかが話を振ってくれることを期待してみたが素振りすらなかった。
「あっ、美渡姉からメールだ…」
高海さんの携帯が鳴った。どうやらお姉さんからの連絡のようで、見るからに嫌そうな顔をする。松浦さんと渡辺さんがどんな連絡が来たのか予想がついたのか苦笑いをしていた。急に立ち上がった高海さんに不思議そうな顔を向けると、携帯の画面を見せられる。内容は『今日は午後から家の手伝いしてもらうって言ったでしょ!早く帰ってきなさいよ!』というものだった。
「梨子ちゃん先生と話したかったのに…」
拗ねたような声を出された。嬉しいけど、家の手伝いも大事だからね。応援と励ましのつもりで「頑張って」と頭を撫でてあげるときょとんとした顔を向けられた。もしかして嫌だったのかなと手を止める。
「…頭、撫でられるの嫌だった?」
「ち、違うよ…!逆!嬉しいからもっと撫でて!」
首を大きく振った後、高海さんは思い切り頭を私の胸に押し付けてきた。撫でようと思っても近すぎて撫でづらい。離れてほしいなって思っていると高海さんが離れていく。不思議な力でも手に入れたのかと錯覚したけど、そうじゃない。彼女の後ろを見ると怒ったような表情をする渡辺さんと苦笑いの松浦さんが一緒になって高海さんの襟首を掴んでいたのだ。
「千歌ちゃん、先生に迷惑かけちゃダメだよ」
「千歌は旅館に戻りなさい」
「で、でも…頭撫でてもらいた……痛い!痛いよ!」
「頭を撫でてほしいんでしょ?私がしてあげるよ」
ごしごしと音を立てて、高海さんの頭を撫でるのは松浦さんだった。笑顔だけど、ちょっと怒ってる?なんて思っていると松浦さんの手から逃げ出す高海さん。階段の下まで降りてから「果南ちゃんの鬼!筋肉お化け!」なんて小学生みたいに叫ぶ。流石に苦笑いをせざるを得なかった。松浦さんから視線を私に移してから「梨子ちゃん、また後でね!」と手を振る高海さんに「お手伝い、頑張ってね」と手を振り返した。
席に座ってからひと息吐いていると松浦さんに頭を下げられる。吃驚していると「千歌が迷惑ばかりかけているみたいなので…」と言われた。流石、幼馴染みのお姉さん。ちゃんとフォローもしてあげるなんて偉いと素直に感心してしまった。
「じゃあ、そろそろ私もお店の手伝いに戻りますね」
「えっ?」
「曜と先生はどうします?まだ居ますか?」
「うーん…」
ちらっと渡辺さんが私を見る。どうしましょうと視線で相談されて、どうしようと視線で返した。ちょっとの間を空けてから口を開いたのは渡辺さん。
「今日は帰ろうかな、また今度来るよ」
「そう?」
「うん、先生もそれでいい?」
もともと連れてきたのは高海さんだ。彼女が帰ってしまって滞在し続ける理由もなくなったので、こくりと頷いた。松浦さんは「そっか…」と残念そうな顔を見せたけど、引き留めるようなことは言ってこない。大人だなって思いながら立ち上がった。
「今度はダイビングしに来てくださいね」
「楽しみにしてます!」
「曜はちゃんと先生を家まで送るんだよ」
「わかってるよー!じゃあね、果南ちゃん!」
手を振る渡辺さんに便乗して、私も松浦さんに手を振った。階段を下り終えてから上を見るとまだ手を振ってくれている松浦さんがいて今度は頭を軽く下げる。同じように頭を下げてくれた。
「先生、そろそろ帰りましょう」
「そうだね」
渡辺さんに言われて、船乗り場まで向かう。ちょうど出航したようで、次の船がやってくるまで時間が出来てしまった。渡辺さんとふたりきりになるのは初めて。上手に言葉が出てこない。高海さんの存在の大きさを感じた。ちらっと隣を見るとゆらゆらと揺れるアクアブルーと目が合う。お互いに苦笑いをした。
「千歌ちゃんが居ないと静かですね」
「そう…ね」
急にそわそわし始める渡辺さん。何度もこちらの様子を伺ってきているけど、何か用でもあるのかな…。渡辺さんを見つめて「どうかしたの?」と尋ねると露骨に顔を逸らされた。流石にそれは傷つくんだけど…。と苦笑いをしていたら、ゆっくりと視線を戻してくれた。
「…ずっと気になってることがあるんですけど聞いてもいいですか?」
渡辺さんからの質問は珍しくて、すぐに頷いた。
どんな質問なのだろうと胸をドキドキさせていると予想外の質問を投げかけられて、吃驚した。
「先生って小さい頃から先生になりたかったんですか?」
そういえば、教育実習を始めてからこの手のよくある質問を受けたのは初めてだ。別に隠すようなことでもないから、と軽率な気分で自分の過去を話し始めた。
「高校生になるまでピアニストになりたいって思っていたの」
「ピアニスト…?」
「小さい頃からピアノをやっていてね、いつも周りの大人に褒められていたの。中学の時には全国大会にも出場したし、このまま本当にピアニストになれるんじゃないかって思い込んでいた。でも、それは私の勘違いだった…」
「勘違い…?でも、全国までいったんですよね…?」
「優勝はしたよ。でも、それが私の限界だったの。それに気がついたのは高校生に上がって、すぐに行われたコンクールだった。周りから期待されていたのに、応援もたくさん来てもらっていたのに、弾けなかったの…」
「プレッシャーとか…ですか?」
答えようとした時、ちょうど連絡船がやってきた。苦笑いをして「乗ってから話そうか」と言うと渡辺さんは小さく頷いた。船に乗り込むと元々の利用者が少ないのか私たち以外の人は乗っておらず、貸切状態だ。空いている席に座ると、渡辺さんが隣に座った。こちらを向いた顔は真剣そのもの。あまりにも真っ直ぐな瞳をしてくるものだから、私が視線を逸らしてしまった。
「あのね、コンクールでピアノが弾けなかったの、プレッシャーもあるけど…。イメージが掴めなかったからなの」
「イメージ……曲の…?」
「そう…。中学生までは頭の中いっぱいにイメージが出てきていたのに、高校生に上がってからはなにも出てこなくなっちゃったの…。初めは精神的なものかと思って病院にも行ってみたけど、原因は不明のまま。そこで環境を変えてみようって両親に連れて来られたのが内浦だったの。なにか変われるかもしれないって思ったけど、結果は変わらなかった。そこで私はピアニストになる夢を諦めたの…」
「……それで先生になろうと思ったんですか?」
「先生になるのも憧れというか夢のひとつだったからね…」
渡辺さんに話して、初めて気がついた。
自分が中途半端な人間ということに気づかされてしまった。
せっかく質問してくれたのに、生徒を導かないといけない立場なのに、渡辺さんを困らせるようなことを言ってしまった。謝らないと、それから…忘れてほしいということを伝えないと。
「……ごめんなさい」
「えっ…?」
先に謝ったのは渡辺さんだった。開いた口からは驚いた声が漏れる。どうして、渡辺さんが謝ったのだろう。過去の話をしたのは私、渡辺さんを困らせるような真似をしたのも私。謝るのは私だけで充分のはず。
「どうして渡辺さんが謝るの?」
「だって、先生…」
泣いてるじゃないですか
寂しげな声に言われた。頰を撫でると濡れていて、ゆつくりと指をあげて触れると目はもっと濡れていた。ようやく私は自分が泣いているのだということを自覚させられた。
別に悲しいから泣いているわけじゃない。
辛いわけでもない。
たぶん中途半端に夢を捨ててしまった自分が情けないから。そして、どこかに夢を諦めきれてない自分がいるのが分かってしまったから、私は泣いているのだ。
「本当は今でもピアニストになりたいんですよね」
「…っ」
「でも、一度夢を諦めてしまった自分が情けなくて、許せないんですよね」
渡辺さんはエスパーなのかな…。
どうして、私の思っていること分かるの…。
ゆっくりと頰を温かいものが包み込む。それが渡辺さんの手だと気がつくのにあまり時間はかからなかった。顔を上げると私のことなのに悲しそうな表情をしてくれている渡辺さんがいて、余計に目頭が熱くなる。生徒の前で泣いちゃうなんて駄目な教師だ。でも、止めようがなかった。抱き締められて、「泣いてもいいですよ」なんて優しい声で言われて、心の中にあった何かが決壊したように私は大声で泣いた。
瞼が重い…。
目を覚ました瞬間に思ったことはそれだった。先に断っておくが眠いからではない。たぶん昨日大泣きしてしまったのが原因だ。
あと後も渡辺さんには迷惑をかけてしまった。散々泣き散らして、旅館に戻ろうとすると渡辺さんに「千歌ちゃんに絡まれたら大変ですから、私が気を引いているうちに部屋に戻ってくださいね」と言われた。その優しさにまた泣きそうになっていると苦笑いを向けられた。申し訳ないと思いながら頭を下げて、お礼と謝罪の言葉を投げると「気にしないでください」と笑顔を見せてくれた渡辺さん。今度、絶対にお礼をしようと思いながら私は部屋に戻った。もちろん高海さんには会ってないし、会いに来られたけど渡辺さんがうまく言ってくれていたから会わずに済んだ。
泣き疲れたのか夕方にはもう寝ていたようで、ついさっきまで爆睡状態だった。重たい瞼を押さえながら、洗面所に向かうと鏡に映った自分はお世辞にも綺麗とは言い難いもの。かなり瞼が腫れていた。冷やしてから寝るんだったと後悔しながら洗顔を済ませて、遅いと思いつつも濡れたタオルを瞼に押し付ける。
「何時だっけ…」
布団まで戻って、携帯を見ると時刻はまだ六時。いつも旅館を出るのは八時を回ってから。時間には余裕があった。冷やし続けていれば、少しは腫れも引いてくれるだろうと思いながら二度寝をしないように布団を片付ける。壁に凭れ掛かりながら考えるのは渡辺さんのことだった。
昨日の一件で私の中の彼女の印象が大きく変わった。
みんなが言うような“完璧”とか“特別”ではなく私が思ったのは“不思議な子”だった。他の子にはない魅力を彼女は持っている。それが何なのか私には分からないけど。ただ彼女のことをもっと知りたいと思わせるには充分過ぎた。彼女と同学年だったら私もピアニストになる夢を捨てなかったのかな。なんて夢物語を描きながら学校に行く準備を進める。
もちろん準備をするのに一時間もかからない。時計を見ると七時前で、早すぎると分かっていながら部屋を出たのは、瞼の腫れをばったり会ってしまった高海さんに見せたくなかったから。あまり物音を立てないように旅館を出ると心地のいい風が吹いて、今日はいい日になりそうだと変に確信できた。
バス停に到着すると丁度いいタイミングで来ていて、乗り込む。どうせ誰も居ないだろう予想していたのに、ひとりだけ居た。偶然、いや…運命?なんてメルヘンチックなことを考えながら一番後ろの端に座る彼女に近づいていく。どうやら寝てしまっているらしい。起こさないようにゆっくりと隣に腰掛ける。
「渡辺さん…」
うっかり名前を呼んでしまった。起こしちゃったかなと思って、顔を覗き込む。いつもは輝いているアクアブルーが瞼の奥側に隠れたまま、まだ寝ていると分かり安心して彼女から離れた。ガタガタと揺れるバス、停留所に止まるたびに渡辺さんの寝息が聞こえくる。ドキドキして、頰が熱くなり始めるのを感じていると急にバスが停車をした。危ないなと思っていると肩に重みを感じる。しかも温かい。まさかと思いながら隣を見るとやっぱり渡辺さんが私の肩に寄りかかっていた。どうしよう、流石に起こすのは可哀想だし、でもこのままってわけにもいかないし…。動揺をしていると微かに渡辺さんが揺れる。
「…んっ………あれ…」
どうやら目を覚ましたらしい。
寝惚けているのか、ぼんやりと見つめられる。こうゆう顔もするんだと新しい彼女を知ることが出来た。嬉しくなって頰を緩ませていた。
だから、油断していた。
「…り、こちゃん……」
初めて渡辺さんに名前を呼ばれた。
急に胸が苦しくなって、でも、自然と嫌じゃなくて。いつもなら「先生と付けなさい」とか「桜内先生と呼びなさい」と叱っているのに、私の中には嬉しいという感情しか芽生えなかった。ドキドキしながら、私も呼んでもいいのかな。とか思いながら口を開く。
「よ、う…ちゃ…」
「…うぅ……あれ、さ、桜内先生!?」
私のか細い声は、完全に目を覚ました渡辺さんの声に掻き消されてしまった。残念と思いながら「渡辺さん、おはよう」と挨拶をする。驚いた様子を見せられたまま「お、おはようございます…」とぎこちなく返された。寝顔を見られていたのが恥ずかしいのか、顔を手で覆いながら尋ねられる。
「こんな朝早くになにやってるんですか…?」
「学校に向かってるだけだよ」
「でも、いつもはこの時間に乗ってない…」
「今日はたまたま早くに目が覚めちゃって…」
相変わらず会話が続かない。お互いに顔を逸らして、違う窓から外の景色を見る。昨日のこと、触れてこないのかな…。と思いながら視線を戻す。ぱちっと目が合って、急激に恥ずかしくなった。
「あの……瞼」
「ん?」
「やっぱり腫れてますね」
メイクで隠せていると思ったけど、流石に近い距離に居れば気がつかれてしまう。苦笑いを浮かべて、「まぁね」と返す。また途切れてしまった会話。今度は私から話しかけてみようと口を開いた。
「…昨日はありがとう」
「私はなにもしてないですよ」
「でも、渡辺さんのおかげでちょっとすっきりしたから…」
「………桜内先生はいい人ですね」
何の脈絡もなく言われて吃驚する。彼女を見ると、一番初めに見たのと同じ瞳をしてた。悲しげなアクアブルーが私を捉える。申し訳ないと分かっていながら「綺麗」と思ってしまった。どうやら、それは口に出したようで今度は渡辺さんが驚いた顔をする。私が瞬きをしている間にいつも通りの優しい笑顔に戻っていたけど。
「……梨子ちゃん」
「えっ…?」
「すみません、呼んでみたくて…」
普段なら、他の人なら絶対に怒るところ。だから、叱られると思って彼女も謝ったのだろう。謝る必要ないのに、と思いながら私は先程言えなかった言葉を今度はハッキリと口にした。
「……曜ちゃん」
「…っ、いま…」
「ごめんね、呼んでみたかったの」
顔を真っ赤にされて、伝染したかのように私も顔が赤くなり始めた。ふたりきりの車内には甘酸っぱい空気が流れて、よく分からないけど胸がドキドキと加速する。なに、これ…。と思いながら逸らしていた視線を渡辺さんに移すと視線を逸らされた。気まずいわけじゃないけど、なにを話したらいいのか本気で分からなくて、それは渡辺さんも同じようで学校に着くまで私たちはなにも話さなかった。
「職員用の下駄箱…向こうだから、もう行くね」
「……あの!」
彼女が上履きに履き替えたところを見計らって、立ち去ろうと背を向けた瞬間に声をかけられた。振り向くとほんのり頰を染めた渡辺さんが立っていて、今度は視線を逸らさず真っ直ぐと私を見つめていた。なにを言われるのだろうとドキドキしていると、大きく深呼吸を繰り返す渡辺さん。
「先生、前に『悩み事でもあるの?』って聞きましたよね」
「うん…」
「あの時はないって言いましたけど…」
「……」
「本当はあるんです…」
いつもとは違って声が震えていた。
私の臆測だけど周りから“完璧”やら“特別”と言われて続けていた彼女は期待を裏切らないように過ごしてきたはずだ。だから誰かに悩みがあるということを打ち明けることに慣れておらず、緊張と恐怖で声が震えてしまったのだろう。
「だから、放課後……話を聞いてもらえませんか?」
「……私でいいの?」
私は本物の教師じゃない、ただの教育実習生だ。
大事な悩みを打ち明けるならもっと適任者がいると思う。両親とか幼馴染みである高海さん、松浦さん、私よりも渡辺さんのことを理解しているであろう人達は他にもたくさんいる。それでも、渡辺さんが私を選んでくれるなら、私は……
「私は桜内先生に聞いてもらいたいんです…」
言葉によって胸が締め付けられたのは生まれて初めてだった。
心臓がうるさい、息が整わない、身体が熱い…。
この原因を私は知っている。
「分かった…。放課後待ってるね」
小さな声で返事をすると嬉しそうに笑われた。
ひどく胸が高鳴った。
これは気がついちゃいけないとかの問題じゃない…
駄目に決まってる…
教師が生徒に恋をするなんて
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