終わって、始まる
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教育実習生の桜内さんと生徒の渡辺さんの完結編です。
1ページ目は渡辺さん目線です
2ページ目は桜内先生目線です
先に以下の話をお読みください
桜内先生の話(novel/7377044)
渡辺さんの話(novel/7380414)
いつも閲覧、ブクマ、評価、コメントありがとうございます。
放課後、私は屋上に立っていた。
朝のHRは下駄箱での出来事があったせいでドキドキしすぎて桜内先生の顔がまともに見れなかった。
一時間目は国語だった。
幸いにも自習だったので真っ白なノートを広げて告白の台詞を考えていた。告白をされたことがあっても自分から告白をしたことがない私には告白の文章を考えることが最大の難関で、結局チャイムが鳴るまでノートは真っ白なままだった。
二時間目は数学だった。
担当の先生がかなり厳しい人な数学。どんどん問題を出されたせいで告白の台詞を考える時間を与えてもらえなかった。でも、時間には余裕があると思って落ち着いていられた。
三時間目は体育だった。
今日は体育館でバスケの試合。身体を動かすことが好きな私は告白のことをすっかり忘れて、休憩もせずにバスケの試合に出ていた。授業終了のチャイムが鳴ったの同時に告白のことを思い出して激しく自己嫌悪に陥った。
四時間目は英語だった。
これまでの分を挽回しようと思ったけど、英語の担当は桜内先生だ。考えられるわけがなかった。それどころが先生の顔を見るたび、声が聞こえてくるたびにドキドキして授業に集中できなくて桜内先生からも担任からも注意を受けた。千歌ちゃんからは「曜ちゃんが集中してないなんて珍しいね〜」と言われた。
昼休みになって、流石に焦り始めた。
詳しいことをぼやかしながら千歌ちゃんに相談してみたけど「普通に好きって言えばいいんじゃない?」と言われた。正論だけど、そんなにストレートに私が言えるわけもない。他に相談できる相手を考えると果南ちゃんが浮かんできた。急いで三年生の教室に向かうと彼女のクラスメイトであるダイヤさんに「果南さんは家の手伝いがあるとかでお休みですわよ」と言われて撃沈した。結局思いつかないまま昼食を終えて、ついでに昼休みも終わってしまった。
五時間目、六時間目は月曜日のためLHRだった。
教壇に立っているのは担任だったけど、もちろん後ろには桜内先生が立っていた。しかも私の真後ろという。もうすぐ行われる文化祭についての話し合いだったけど、私は意見も言わずに頭の中で告白について考えた。後ろから肩を叩かれて、振り返ると桜内先生だった。小声で「どうしたんですか?」と尋ねると「勝手に決まってるけどいいの?」と言われた。何の事かと思って黒板を見ると『衣装係 渡辺』と書かれていて苦笑い。別にいいけど、声をかけて欲しかったな…。案の定、告白の台詞は思いつかないまま授業は終了。
ついに帰りのHRになってしまった。
連絡事項を担任が言い終わるとすぐに挨拶をして、放課後になる。桜内先生に手招きで呼ばれて向かうと「どこでお話する?」と尋ねられた。
教室だと嫌だし、部室は先輩たちが居座っているだろうし、図書室…は無理だし、と消去法を使って残った場所は屋上だった。先生に「屋上でもいいですか?」と伝えると「ちょっとだけ仕事を片付けてから行くから待っててね」と言われた。
考える時間が多少は出来たけど、私は考えることをしなかった。
千歌ちゃんが言った通りに「好きです」とストレートな言葉で言おうと決めたから。
私は駆け足で屋上まで向かった。
そして現在──
「はやく着きすぎた…」
私は暇を持て余していた。
先生に来る時間を聞いておけばよかった。なんて思いながら見える景色をただ眺める。
晴れているおかげで富士山がくっきり見えて、「わー、綺麗。見慣れてるけど!」ってしょうもない独り言を呟く。
ガチャッと扉の音がして、びくりと身体が震えた。深呼吸をしてから、振り返る。誰も居ない。
どうやら風で扉が揺れただけのようだ。
私の緊張を返して欲しいなんて苦笑いをしているとまたガチャッと音が響いた。
どうせ、また風だろう…と思っていると今度は本当に扉が開く。
「ごめんね、待たせちゃった?」
駆け寄ってくるのは私の大好きな人。
申し訳なさそうにしているので「気にしないでください」と苦笑いをした。優しい笑顔で「ありがとう」と言われて、それだけで胸がドキドキする。
「それで……悩み事って、なにかな?」
いきなり尋ねられて驚いた。
いや、そのために呼び出したのだから仕方ないけど…。
ちょっとは世間話とか……先生は忙しそうだからそんな悠長なことしてる暇なさそうだね。
「あの……実は…」
ドキドキしすぎて、心臓が口から飛び出そうだ。
全然暑くないのに汗が止まらない。
先生の顔、まともに見られない。
大きく深呼吸をした。
「先生のことが好きです」
しっかり告白できた。
先生からの返事は…
「ごめんなさい…」
風が強く吹いた。
「先生のことが好きです」
あまりにも唐突すぎて、頭の中が真っ白になった。
真剣な表情の渡辺さん。私を揶揄っているわけじゃないことは明確だ。
咄嗟に思いついたのは誤魔化さないといけないということ。
「えっと、悩み事…があるんじゃないの?」
「だから先生が好きだから悩んでるんです…」
「……それは、恋愛感情として?」
こくりと頷かれた。
一番初めに出てきたのは嬉しいという感情。
だって、両想いだと分かったから。
私も好きって台詞をすぐに言わなかったのは賢明な判断だと自分で思う。すぐに彼女の告白を受け入れることができない理由が浮上してきたから。
私は教育実習生だが教師という立場だ、そして渡辺さんは生徒。
付き合えるわけがない。
「…ごめんなさい」
自分の台詞に罪悪感と後悔でいっぱいになった。
そもそも彼女が私を好きと言ってくれたのは彼女が思春期だからのはず。じゃなければ、私みたいな地味な人間を渡辺さんのようなキラキラした存在が好きになるわけがないから。
渡辺さんは驚きもせずに、ただ一言だけ呟いた。
「どうして…」
「……渡辺さんの好きは思春期の女子に見られる…」
「それは違うよ」
言い終わる前にばっさりと否定された。
真っ直ぐ、力強く、迷いのない瞳で見つめられる。
「私は本気で桜内先生が好き」
「……渡辺さん、ダメだよ」
「だから、なんで…!」
冷静だった彼女が取り乱した。
悔しそうな、辛そうな表情に心が痛む。
言ってはいけないと思った言葉が、つい口から漏れてしまう。
「私ね、渡辺さんと付き合えたら幸せだと思うよ」
渡辺さんの目が大きく開かれる。
期待させるようなことを言ってしまった。か細い声で「だったら…」という言葉が聞こえてくる。
「どうして、ダメなの…?」
「分からない?」
「分からないですよ…!」
「……教師と生徒だから、だよ」
私の言葉に渡辺さんは息を詰まらせる。
いまにも泣き出しそうな表情が心の奥に焼き付いてしまいそうだ。なにか言おうとして開かれた口は、結局なにも言わずに閉じられた。私は言葉を続ける。
「…バレたら問題になっちゃうから、ね?」
分かるでしょ?みたいな言い方をする。
渡辺さんは下唇を色が変わるくらい強く噛んで、俯いてしまった。なにかに堪えるような感じで。
その行為を見て、痛いくらい彼女が私を好いてくれていることが分かる。嬉しいのに辛くて、自分が高校生だったらよかったのに、とか夢物語を考えてしまう。
渡辺さんに背を向けて立ち去ろうとすると小さな声が聞こえた。耳がいい私でも聞き取れないくらい小さな声で、私は「えっ?」と声を漏らす。
「もし、先生と生徒じゃなかったら付き合ってましたか?」
その質問は予想外だった。
彼女を傷つけてしまった分、ちょっとだけ本心を言ってもいいだろうと口を開く。
「先生と生徒じゃなかったら付き合ってたと思うよ」
私も渡辺さんが好きだから…という言葉は飲み込んだ。
彼女には幸せになってもらいたい、だから彼女の恋物語の中に私は必要ない。さっさと消えてしまおう。
ゆっくりと渡辺さんは顔を上げた。
「分かりました、ありがとうございます」
すっきりした笑顔で言われた。
彼女は優しい子だから、たぶん私に負い目を感じさせたくないと思っているのだろう。生徒に気を遣わせるなんて本当にダメな教師だな、って情けなくなる。
変わらずに笑顔を見せてくれる渡辺さん。
この笑顔がいつか私ではない誰かに向けられるのだと思ったら胸が痛くなった。
「渡辺さん、ひとつだけ質問してもいい?」
「はい?」
「……私、地味で何の取り柄もないのに…」
「どうして好きになったのか、ですか?」
私が聞きづらかったことを代弁してくれた。
こくりと頷くと「うーん…」と悩むような仕草を見せれる。
もしかして好きなところもないのに好きって言われたの?
「一目惚れだったから、どこが…じゃなくて…」
「は、はぁ…?」
「桜内先生を見た瞬間、直感で好きと思ったんです」
それじゃ答えになりませんか?とあどけない表情で尋ねられた。
恋は突然にやってくる、と言われているし、私自身も渡辺さんを好きだと気がついたのは突然の出来事だったから。なんとなくだけど、彼女の気持ちも分かる気がする。ちょっと苦笑いをしながら「いいんじゃないかな」と返した。
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
「気をつけて帰ってね」
「先生こそ、気をつけて帰ってくださいね」
手を振られて、振り返す。
扉に向かって駆け出す渡辺さんの背中がやけに立派に見えた。
あの告白以来、渡辺さんと話す機会が…というよりも話しかけられることが増えた。
それまで聞けなかったことをたくさん教えてもらったし、他の生徒には教えてない自分のことを彼女にはたくさん教えた。
本当はいけない事だろうと思いながらも高海さんや松浦さんを交えてプライベートで遊ぶこともあった。
気がつけば、渡辺さんとの距離はかなり近づいた。
でも、別れの時は必ずやってくるものだ。
「今日で教育実習は終わりです。この学校で教育実習をすることができて、優しいみんなに出会うことができて、本当に良かったです。これから私はいい教師になれるように努力していきますので、みなさんも自分の夢に向かって頑張ってください。私は東京に帰ってしまいますが、どこかで会えるのを楽しみにしてます。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、ぱちぱちと拍手の音が響いた。
泣きそうになるのを堪えながらゆっくりと顔を上げると目が合ったのは窓から二列目、一番後ろの席の子。悲しげなアクアブルーの瞳が私を見つめていた。
「梨子ちゃん先生、ありがとうー!」
視線をズラすとオレンジ色の髪を持つ高海さんが席を立っていた。無邪気な笑顔に、私まで頰が緩む。高海さんに続くように他の子たちも立ち上がって「梨子先生、またねー!」とか「梨子ちゃん先生が来てくれて良かった!」と言ってくれる。
最後に立ち上がったのは渡辺さんだった。
「みんな!敬礼!」
渡辺さんが声をかけると全員が揃って敬礼のポーズをとった。
吃驚していると、ふんわり笑う渡辺さんがいて…
「ありがとうございました!」
渡辺さんの声に全員が揃って「ありがとうございました」と大声で言った。彼女達らしいなって胸が熱くなって泣きそうになっていると高海さんが近づいてくる。
いつも通りの楽しそうな笑顔を見せられて「梨子ちゃん先生、ありがとう」と目の前に出されたのは一枚の色紙。中身を見るとクラスの子たちからのメッセージで埋め尽くされていた。いわゆる寄せ書きというもので堪えいたのに私は涙を流してしまった。
また感謝の言葉がみんなから飛んでくる。
楽しかった
これからも頑張って
先生に会えてよかった
在り来たりな短い言葉なのに胸が熱くなった。
私はピアニストになる夢を捨てたのは後悔したけど…
先生になる夢を選んだのは正解だったかもしれない。
ようやく中途半端な自分から抜け出せたような気がした。
職員室に戻って、貰った色紙を眺めているとクラスの子たちが教室に来るよう言ってきた。
教室に入るとふたりの机が向かい合うようにくっ付けられていた。まるで個人面談みたいだ。なんて思っていると背中を押されて机の前に座らせられてしまう。空いている机には生徒が座った。他の生徒たちはみんな教室の外に行く。
どうやら最後にきちんと私に挨拶をしたいみたいで喜んで受け入れた。
短い時間だけど、ひとりひとりと話すのは楽しくて、気がつけば残りの生徒は高海さんと渡辺さんのふたりだけになっていた。
先に挨拶に来てくれたのは高海さん。
教室やみんなの前では泣いてなかったのに、私とふたりきりになった途端に泣き出されてしまった。
何度も「梨子ちゃん先生、辞めないで」「ずっと、ここに居て」と言われる。
出来ることなら私だって、ここに居たい。
泣きながら私は持っていたメモ帳に文字を走らせる。なにをしているのだろうと覗き込んで来た高海さんに一枚の紙を渡す。
「他のみんなには内緒だよ?」
中身を見た彼女はいいの?って表情を見せてきた。
本当は生徒に連絡先を教えるのはダメなのだろうけど、彼女は特別だ。笑顔を見せて「内緒、だからね?」と念を押すと何度も頷かれた。
「絶対に連絡するね!」
「だから、内緒って言ってるでしょ!」
「あっ…」
しまったという顔の後に、ふにゃりとした笑顔を見せられた。呆れたように「まったく…」と呟いたけど、たぶん私の表情は嬉しそうなものに違いない。
「…じゃあ、そろそろ行くね」
「またね」と挨拶をされたから「またね」と返した。
高海さんが出て行ったのと入れ違いに渡辺さんが入ってきた。
「また目が腫れちゃいますね」
それが別れの挨拶の第一声だった。
苦笑いをしながら「今回は腫れないように気をつけるよ」と返す。くすりと笑われた。
私の過去を知っている渡辺さんには話しておきたいことがある。
「今日ね、教師を目指してよかったと思ったの…」
「…うん」
「初めて思ったの…」
「うん」
「教師になるためにピアニストの夢は…ここに置いていくことにしたよ」
「……そっか」
今度は捨てるのではなく、置いていくのだ。
中途半端な自分をやめて、本当に前に進むために。
私は教師になる。
この選択をしたことをいつか後悔するかもしれない。
そうしたらここに戻ってきて、思い出そう。
教師になると決めた今日のことを思い出そう。
そうすれば、後悔も消えるはずだから。
「桜内先生なら立派な教師になれると思いますよ」
急に言われる。
渡辺さんを見ると自信ありげな表情をしていた。
簡単に言ってくれちゃって…と引き攣った笑顔を見せると彼女の口が開かれる。
「桜内先生はいい人ですから」
「自信ありげに言ったわりには普通の理由ね」
「普通じゃないですよ。いい人になるのは大変ですから」
「そもそも、私はいい人じゃないよ?」
「いい人ですよ。私には分かります」
分かりますって、そんなドヤ顔で言わないでよ。
苦笑いをしていると渡辺さんの口が動いた。
「先生のこと、ずっと見てきましたから」
「…っ、あのね…」
「本当のことですから」
からからと笑う渡辺さん。
恥ずかしくて彼女から視線を逸らした。渡辺さんが揶揄っているわけじゃないのは分かる。でも、真剣に言われたからこそ余計に恥ずかしいのだ。
「照れてます?」
「照れてないよ…」
「顔が真っ赤ですよ?」
「夕陽のせいでそう見えるだけよ」
子供っぽい言い訳をした。
くすくすと笑われて、睨むと真っ直ぐ見つめ返される。ごくって唾を飲み込む音を鳴らしたのは私で、先に視線を逸らしたのも私だった。
「渡辺さんって素直だよね」
「そうでしょうか?」
「素直で、真っ直ぐで……」
好きだなぁ…なんて伝えられない言葉は飲み込む。
席から立ち上がって、彼女に背を向ける。
「きっと渡辺さんには素敵な人が現れると思うよ」
振り返ると、悲しげなアクアブルーと目が合った。
なにか言いたげな表情をするけど、口を閉じたままの渡辺さん。追い打ちをかけるように「だから、焦らないで次の恋を見つけてね」と呟いた。
静かな時間が流れる。
彼女が口を開こうとしたタイミングでチャイムが鳴り響いた。
「渡辺さん、はやく帰りなさい」
「…っ、でも…」
「教師がいつまでも生徒を引き止めておくわけにはいかないから」
「…そんなの卑怯、ですよ」
そうだよ。私は嘘つきの卑怯者なの。
渡辺さんが言ってくれたような「いい人」じゃない。
苦笑いを返すと彼女からも苦笑いが返ってきた。ゆっくりと席を立ち上がる渡辺さん。
私の目の前に立って、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「私こそ、ありがとうございました」
明日から私たちは別々の道に進む。
きっと、もう交わることはない。
それでも彼女の幸せを祈るくらいはいいよね…。
「……桜内先生」
「どうしたの、渡辺さん」
「ばいばい」
アクアブルーは最後まで悲しげだった。
誰も居なくなった教室。
向かい合っていた机を直してから歩く。ひとつずつ机に触れて、その席に座っている生徒を思い出す。
あの子はいつも元気に挨拶をしてくれていたとか、あの子は居眠りが多かったとか、そんな小さなことを思い出しながら歩き続けた。
最後に触れたのは窓から二列目、一番後ろの席。
私はその隣に腰掛けた。
あの子は座っていないのに、まるで彼女がいるかのように私はぼんやりと隣を眺める。
もし自分が高校生として彼女に出会っていたら
こうやって隣の席に座ることが出来たのに…
授業中にノートの切れ端で手紙の交換が出来たのに…
お昼だって一緒に食べることが出来たのに…
「…好きです、曜ちゃん」
その言葉を伝えることが出来たのに…
席を立ち上がって、職員室に向かう。
荷物をまとめて、残っている先生たちにお礼の挨拶をしてから校舎から出る。
夕陽が沈んで、辺りは真っ暗だった。
終わっちゃったんだな、ってようやく自覚が芽生えて寂しさが押し寄せてきた。
たった四週間の出来事だったのに、高校三年間の出来事のような気がした。ちょっと大袈裟な気もするけど、それくらい長い時間に感じたのだ。
おそらく、いや、絶対に生徒たちには迷惑をかけた。
それでも彼女たちはいつもあたたかい笑顔で私を出迎えてくれていた。
失敗するたびに「頑張れ」と励ましの言葉を送ってくれた。
今更ながら恵まれていたことに気がついて「もっとお礼を言っておけば良かった」と思った。
……あの子にも、最後くらい素直になれば良かった
正門を出て、改めて校舎を眺める。
「おそーい」
吃驚した。
振り返ると渡辺さんが立っていたから。
「な、にやってるの?」
とっくに帰ったのかと思っていた。
渡辺さんは答えをはぐらかすように笑いながら私に近づいてくる。目の前に立つと、深呼吸を繰り返した。
ゆっくりと瞼の奥に隠されたアクアブルーが見えて、どきりと心臓を高鳴らせる。
次の瞬間に──
「桜内梨子さん、好きです」
彼女から二度目の告白だった。
「なに、いってるの…?」
「ごめんね、諦めきれないんだ…」
「…え?」
「私が本気で好きになれる人、もう現れないと思うから」
迷いのない表情で言われた。
そんなことを言われても困る…いや、本当は嬉しい…。
でも、私は本心を彼女に伝えることも、彼女を受け入れることは出来ない。だって、私と渡辺さんは…
「先生と生徒だから、って理由で断るのはなしだよ」
「…っ、え?」
「教育実習は今日で終わり、つまり校門を抜けてしまった桜内梨子さんは大学生だよ」
言われてから気がついた。
一応スーツを着ているけど、私は教師ではない。彼女の言った通り、私は内浦に来ている普通の大学生だ。
手を掴まれて、引かれる。渡辺さんとの距離が近くなった。強気なアクアブルーが私を捕らえてくる。
「好きです」
恥ずかしさで視線を逸らすと「ちゃんと私を見て」と言われてしまう。見つめると恥ずかしそうに笑われた。
「私のこと、どう思ってますか?」
まるで全部見透かしたような表情を向けられる。
年上なのに余裕がないのが悔しくて「嫌いじゃないかな」と曖昧な答えを返した。一瞬だけ吃驚した顔をするけど、すぐに笑顔に戻る渡辺さん。
「嫌いじゃないってことは好きってこと?」
狡い質問の仕方だ。
恨めしそうに睨んでみるけど効果はないようで、渡辺さんは余裕そうに笑っていた。
恥ずかしくて声に出せない代わりにこくりと頷くと嬉しそうな顔を向けられる。
「…その好きって、私と同じ?」
渡辺さんは私のことを卑怯と言ったけど、彼女のほうがよっぽど卑怯だと思う。
別に勝負事じゃないけど、負けるわけにはいかないと彼女の手を引いた。バランスを失った彼女は私に向かって倒れてくる。転ばないように肩を押さえて、耳元に口を近づけた。
「…っ、」
一瞬で渡辺さんの顔が真っ赤になった。
『愛してる』
どうやら高校生の彼女には刺激が強すぎる言葉らしい。慌てて私から離れて、耳を押さえる渡辺さん。
その姿があまりにも初々しくて、年下っぽくて、頰を緩ませる。視線をきょろきょろさせながら「は、ずかしくないの…?」と聞かれた。本音を言えば恥ずかしいけど、私よりも恥ずかしがってる人が目の前にいるなら話は別だ。
「年上には余裕があるのよ」
「なにそれ、大人気ない…」
「渡辺さんは子供らしくない」
むすっとした顔を向けられた。
せっかく私が頑張ったというのにまだ不服なのだろうか?
「もう渡辺さんは嫌だ、子供扱いも嫌だ」
「え……」
「それに桜内さんって呼ぶのも…」
あぁ、なるほど。
細かいところを気にするところが高校生らしくて、ちょっと微笑ましい。
手を伸ばして、そっと彼女の頭を撫でる。
「曜ちゃん」
「……梨子、ちゃん」
擽ったくて、心地が良くて、くすりと笑い合った
私と曜ちゃんの恋が始まる
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