선생님한테 첫눈에 반하기

先生に一目惚れ

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7380414

渡辺さん視点の話です。内容は前作とほとんど変わりません。
先にこちら(novel/7377044)を読んだ方が分かりやすいと思います。
続きます。

盛大にミスをしていたのであげなおし

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で言うといいイメージを持たれないかもしれないけど、小さい頃から男女問わず結構モテた。
ラブレターをもらった回数も、告白をされた回数も覚えてないくらい。でも、決まって返事は「ごめんなさい」と言っていた。どんな人に好かれても、私から誰かを好きになることはなかったのだ。

中学に上がってからは周りの女の子達はみんな色恋沙汰に夢中になっていた。話を聞いていると面白そうと思ったけど、あくまで他人の恋愛話だから面白いと思えていただけ。実際に自分が告白をされる当事者になると急激に心が冷めて、それまで感じられていた面白みは一切感じられなかった。
言うなら現実の恋愛ドラマにおけるキャストは友達や知らない人たち、私は視聴者のようなもの。

「渡辺さんは恋愛相手に困らなさそうでいいよね」

クラスメイトの女子たちによく言われていた。
私のなにを知って、相手に困らないと言っているのだろう。むしろ誰も好きになることが出来ず、みんなが騒いでいる恋愛が出来なくて、寂しいくらいなのに。

気がつけば私は高校二年生になっていた。季節も春だったのが秋に移っていた。いつもより遅めに学校に行くとクラスがやけに騒がしかった。話を聞くと今日から教育実習生が来るらしく、どうでもいいことのように私は「へぇ…」と返事をした。席に着くと嬉しそうな顔をして、そわそわと体を揺らす幼馴染みの高海千歌ちゃんが隣に座っていた。聞かなくても教育実習生が楽しみなのだろうなって分かる。

「教育実習生!楽しみだね!」
「そう?」
「そうだよ!どんな人が来るのかなぁ…!」
「んー、面白い人がいいなぁ…」

来るなら私を楽しませてくれる人がいい。なんて無理難題だけどね。外を眺めていると、がらりと扉が開く音が聞こえた。周りが「おぉ!」と騒ぐから見ると入ってきたのは担任の先生。みんなが「吃驚させないでよ!」とか「教育実習生かと思ったよ!」とか声をあげていた。もう一度、がらりと音が鳴った。
今度こそ本当に教育実習生が…

「…っ」

息が詰まるような感覚を味わったのは初めてだった。



「皆さん、初めまして。桜内梨子です。今日から一ヶ月間、こちらで教育実習をさせていただくことになりました。よろしくお願いします」

お辞儀をしたことによって綺麗なストレートのワインレッドの髪が綺麗に揺れていた。
自意識過剰かもしれないけど淡いミルクティー色の瞳が私を見つめていた。
着慣れていないはずなのによく似合っているスーツがあまり年が変わらない彼女を大人っぽく見せていた。


無駄にドキドキと心臓がうるさい。
呼吸が上手にできなくて浅くなる。
顔だけ熱が出たみたいに暑くなる。

訳の分からない感情に名前をつけるとしたら──







“一目惚れ”







気がつけば桜内先生が教育実習生として浦の星女学院に来てから一週間が経過していた。なにか行動を起こさないとって思いながらも私が桜内先生と話せたのは千歌ちゃんが私を彼女に紹介してくれた時と先生から「悩み事でもあるの?」と尋ねられた時の二回だけ。どちらも数分間という短い時間だった。
周りが「梨子ちゃん先生」「梨子先生」と呼ぶ中で私だけは「桜内先生」と呼び続けていた。別に呼べないわけじゃない。あえて呼んでいないだけだ。子供っぽい理由だけど、周りと一緒なのが嫌で、少しでも彼女の特別になりたかったから。本音をこぼすなら私も下の名前で呼びたいし、私のことも「渡辺さん」ではなく「曜ちゃん」と呼んでほしい。いまさら変えることも出来ないからこれは諦めているけど。

「はぁ…」

ため息を吐きながら脱衣所で服を脱いだ。今日は土曜日で、明日は日曜日。お休みということで私は旅館を経営している千歌ちゃんのお家に泊まりに来ていた。がらりと大浴場の扉を開くと先に入っていた千歌ちゃんの声が聞こえる。流石にひとりで喋っているわけじゃないだろうと思いながら「千歌ちゃん、誰か居るの?」と尋ねた。

「あっ、曜ちゃん!梨子ちゃん先生がいるの!」
「桜内先生…?」

ゆっくりと千歌ちゃんのいるところに近づくと本当に桜内先生がいるから驚いた。嬉しくなって、すぐに頰を緩ませながら「こんばんは」と言う。同じように「こんばんは」と返されて、どきりとしていると隣から便乗したように「こんばんはー!」と叫ぶ千歌ちゃんがいた。

「どうして、先生がここに?」

できるだけ冷静を装いながら尋ねる。話を聞くと先生は高海家の旅館に下宿しているらしく、ちょっとだけ千歌ちゃんが羨ましくなった。今度は先生から私がどうしてここにいるのか尋ねられる。答えを返したのは私ではなく千歌ちゃんだったけど。答えようと思って開いた口を閉じて、また冷静を装いながら笑った。
急に先生が湯船から上がるから吃驚して、見ちゃいけないと視線を逸らす。いつもなら女同士なのだから気にしないけど、相手が好きな人だったら話は別だ。

「先生、上がっちゃうの?」
「これ以上、入っていると逆上せちゃうからね」
「えー、面白くない!もっと話そうよ!」
「そう言われても…」

困っている声をあげる先生。「千歌ちゃん、先生を困らせたらダメだよ」と言いながら心の中で「私も困るからやめて」と呟いた。千歌ちゃんの背中を押しながら「ほら、私たちは体を洗おうよ」と苦笑いをする。ちらりと先生を見て、ウインクで「いまのうちに出てください」と伝える。目が悪い私には幸いにも先生はぼやけて見えていた。ぶーぶーと文句を言い続ける千歌ちゃんを宥めていると視界の端に走る先生の姿が見えて、次の瞬間には転びそうになっていた。

「桜内先生…!」

転ばないように駆け寄って、桜内先生の背中を押さえた。鍛えていたおかげもあって、なんとか彼女の転倒を阻止することが出来て、ほっと息を吐く。が、問題がひとつだけ。触れ合えるほど、近い距離にいると先生の体がはっきりと見えてしまう。まずいと思った時には先生は私の方を向いていた。か細い声で「渡辺さん…」と名前を呼ばれて、心臓を高鳴らせていると後ろから千歌ちゃんが駆け寄ってくる。

「梨子ちゃん先生、大丈夫?」
「えっ、うん…。渡辺さんのおかげで…」
「流石、運動神経抜群な曜ちゃんだね!」
「そんなことないよ…。間に合って良かったけど…」
「渡辺さん、本当にありがとう…」

若干ぎこちなかったけど、私の心を奪うのには充分すぎる笑顔だった。一気に頰が赤くなるのを感じる。こちらに向かって伸びてくる手を避けた。これ以上は見ていられないとそのまま背を向ける。ちょっとだけ冷たい声で「次からは気をつけてくださいね」と言い放って、歩き出した。

「あっ、曜ちゃん…!待ってよ!」

後ろから千歌ちゃんの焦った声が聞こえてきた。すぐに追いつくはずだから足を止めない。大きな声で「梨子ちゃん先生、またね!」と言う千歌ちゃん、私も言ったほうがいいかなと思ったけど言えなかった。がらりと音が二回響いて、先生が出て行ったことを確認してから用意していた椅子に座り込む。

「曜ちゃん、急にどうしたの?」
「…ちょっとね」
「そっかぁ……今日はちょっと長湯しようか」

千歌ちゃんは私の様子がおかしくてもなにも聞いてこない。ただ一緒に居てくれるだけだ。いい幼馴染みを持ったなと感謝しながら私は冷たいシャワーを頭から被った。






目が覚めると千歌ちゃんはベッドに居なかった。眠たい目を擦りながら着替えを済ませて、彼女を探しに向かう。どこに行ったのだろうと考えたけど、一瞬で答えが見つかった。おそらくは桜内先生のところだ。
旅館に足を運び、従業員の人に千歌ちゃんがどこに向かったのか尋ねれば、すぐに教えてくれた。廊下を歩いていると一番奥の部屋の前で大きな声を出す幼馴染みが目に入って、少しは迷惑を考えようと思いながら駆け寄る。

「千歌ちゃん、なにやってるの?」
「曜ちゃん!先生を起こしてるんだよ!」
「こんな朝早くに?」
「だって、先生とたくさんお話したいもん!」
「先生が起きてくるのを待ってあげたほうが…」

先生だって教育実習で疲れているだろうから休ませてあげたい。というのもあるけど、本音は裸を見てしまったのでちょっと会いづらいだけだ。さっさと彼女を部屋に連れて帰ろうと思っていた矢先、部屋の扉が開いた。中から現れたのはワインレッドをあちこちに飛ばした、簡単に言うなら爆発した髪の桜内先生。あまりに珍しい光景すぎて、千歌ちゃんと揃って驚いていると掠れた声で「ふたりとも、おはよう…」と言われた。

「梨子ちゃん先生、おはよー!」
「おはようございます……大丈夫ですか?」
「えっ、なにが?」
「髪の毛が…」
「爆発してるね!どかーん!って!」
「……整えてくるから待っててね」
「えー、部屋に入れてよ〜!」
「それはダメ!そこで待ってなさい!」

勢いよく扉が閉められた。中からガチャッと音がして、鍵も閉められたのだなって分かる。千歌ちゃんを見ると髪の毛を弄っていて「梨子ちゃん先生の髪、凄かったね」と言われたので「ちょっとだけね」と苦笑いで返しておく。正直な話をするなら先生の新しい一面が見れて、私としては嬉しかった。
少し経ってから再び部屋の扉が開かれる。視線をそちらに向ければ、先生の髪はいつも通りのストレートに戻っていた。それが面白くないのか千歌ちゃんは「あー、戻ってる」と声を漏らす。ちょっとだけ頰を引き攣りながら「千歌ちゃん、当たり前だよ…」とツッコミを入れておいた。

「写真撮っておけばよかったぁ…」
「……高海さんは朝から元気ね」
「寝てないから!」
「それなら私のところに来てないで寝たほうがいいんじゃない?」

全くもって正論だと思う。寝るように催促されているのにも関わらず千歌ちゃんは即答で嫌ということを伝えていた。苦笑いをしながら先生が出てくる。一歩後ろに下がれば、部屋の鍵を閉められる。部屋に入りたがっていた千歌ちゃんは不服そうな顔をしていたけど、先生の私服が見れたのが私としては嬉しいので部屋のことは気にしない。

「それで高海さんはどうして私の部屋に訪ねてきたの?」
「もっと梨子ちゃん先生と仲良くなりたいから!」
「仲良くって…嬉しいけど、私は三週間後には居なくなるのよ?」

三週間後には居なくなる…。
そりゃあ、そうだ。本来、先生は東京に住んでいる人であって内浦に住んでいる人ではない。教育実習が終われば東京に戻ってしまう。そしたら、きっと二度と会えなくなってしまう……。そんなの絶対に嫌だ。せっかく人を好きになれたのに、好きになれる相手に巡り会えたのに、何もないまま終わらせたくない…。声を出そうとした時には千歌ちゃんが先に言葉を発していた。

「関係ないよ!仲良くなりたいの!」

何も考えずに言葉を発せられる千歌ちゃんが羨ましいと思う。桜内先生は仕方なさそうな顔をして「……まったく、仲良くなりたいってなにをするの?」と尋ねていた。いまのふたりの間に私の入れる隙間はない。一歩下がって、ふたりの会話を見届ける。

「とりあえず、果南ちゃんのところに行こう!」

千歌ちゃんが急に言い出した。
果南ちゃんのところかぁ…。行ってもいいけど、あまり乗り気になれなかった。理由をあげるなら幼馴染みである果南ちゃんが女の子キラーだから。しかも年上のお姉さんを口説くのが得意っていう。桜内先生を口説き始めないといいけど、って考えていると「こんなに朝早くに訪ねて平気なの?」と尋ねる先生の声。

「果南ちゃんなら大丈夫じゃない?」
「たぶん大丈夫ですよ」
「じゃあ、その人のところに行きましょうか」
「やったー!行こう!行こう!」

走り出す千歌ちゃんを慌てて、追いかける。後ろからは桜内先生の叱る声が聞こえた気がした。船乗り場に着けば、出航まで時間があるということで先生に果南ちゃんのことを教えた。千歌ちゃんは自分のことも教えていたけど、私が自分の話をしようとしたところに連絡船がやってきてしまう。タイミングが悪いなぁ…って思いながら船に乗り込む。話し手は千歌ちゃんに戻ってしまった。







「果南ちゃーん!」

果南ちゃんの姿が見えた途端に走り出す千歌ちゃん。追いかけようかと思ったけど、桜内先生の様子が気になって足が動かなかった。たぶん朝早くから人様のところに押しかけるのが申し訳ないのだろう。果南ちゃんが相手なら気にしなくてもいいのに…。二回ほど小さく深呼吸をする。ゆっくりと手を伸ばして、彼女の手を握った。
うわっ、ほそ…というか、指長い…
思ったことを声に出さなかったのは賢明な判断だと思う。ドキドキしていると驚いた顔をした桜内先生がこちらを向く。変に思われないように出来るだけ普段通りの笑顔を見せた。

「先生も行きましょう!」
「えっ、でも…」
「大丈夫ですよ。果南ちゃんは優しいですから!」

先生の手を引く。走っている最中で先生が追いついてくれたのが嬉しくて頰を緩ませると同じように笑顔を見せてくれた。階段を駆け上ったところで千歌ちゃんが果南ちゃんを連れて来る。

「果南ちゃん!この人だよ!梨子ちゃん先生!」
「こら、千歌!桜内先生でしょ?」
「梨子ちゃん先生だよ!」
「えーと…」
「あっ、すみません。私は松浦果南です。先生のことは千歌から少しだけ聞きました」
「私は桜内梨子です。私も松浦さんのことは高海さんから聞きました」

挨拶を終えた桜内先生と果南ちゃんはお互いの顔を見て、笑っていた。私としては、ちょっと面白くない。ふたりのことが気になったのか千歌ちゃんは「なになに?」と聞きに行っていたけど、私は苦笑いをせざるを得なかった。ふたりに揃って「内緒」と言われた千歌ちゃんが「千歌だけ仲間外れみたいだよ!」と拗ね始めていたので慌てて果南ちゃんと宥めに入る。

「私はお店の準備に戻りますけど、先生はゆっくりして行ってくださいね」

桜内先生に話しかける果南ちゃんを他所に私と千歌ちゃんはテラス席に座る。お店の中に果南ちゃんが入っていったところに千歌ちゃんが「梨子ちゃん先生、こっちだよー!」と呼んでいた。先生がこちらに駆け寄ってくるだけで嬉しくなるのだから私はかなり単純な人間だ。先生が席に着いたところで話し始めるのはやっぱり千歌ちゃんで、私と桜内先生は黙って話を聞いていた。千歌ちゃんの話は面白いから嫌いじゃない。それに先生も笑っていたから、近くで優しい笑顔を見れたから、私と自然と楽しい気持ちになれた。数十分もすれば、お店の準備を終えた果南ちゃんが戻ってきて、話に加わった。果南ちゃんも千歌ちゃんと同じで会話の主導権を握るのが得意だ。すぐに自分の話に桜内先生を引き込んでいた。羨ましいな、私も自分の話をしたいな、って思うけどふたりほど自己主張が強くない私は黙っているしかない。

「あっ、美渡姉からメールだ…」

千歌ちゃんの携帯が響いた。どうやら相手は彼女の姉である美渡姉らしく、嫌そうな顔をしていた。たぶん家の手伝いに呼ばれたのだろう。何年も幼馴染みをやっていれば、察することも容易だった。それは果南ちゃんも同じようで、ふたりで苦笑いをする。立ち上がった千歌ちゃんは桜内先生に携帯の画面を見せていた。先生の声で、千歌ちゃんに送られたメールが読み上げられる。内容は『今日は午後から家の手伝いしてもらうって言ったでしょ!早く帰ってきなさいよ!』で、やっぱり…と心の中で呟いた。

「梨子ちゃん先生と話したかったのに…」

拗ねたような声を出す千歌ちゃん。甘えるの上手いなぁ…って羨ましくなる。仕方なさそうに笑った桜内先生はゆっくりと手を伸ばす。えっ?と驚いた瞬間には彼女の手は千歌ちゃんの頭に触れていた。優しい声で「頑張って」と応援をする桜内先生。千歌ちゃんも私もきょとんとした顔をした。

「…頭、撫でられるの嫌だった?」
「ち、違うよ…!逆!嬉しいからもっと撫でて!」

先生からの問いかけに大きく首を振る千歌ちゃん。すぐに先生の胸に頭を押し付けて「撫でて〜!」と言っていた。いつもなら微笑ましく見守っていられたけど、今回は我慢できない。ドロドロした黒いものが胸の中を占めて、この感情が“嫉妬”というものなんだろうなって頭の片隅で考える。千歌ちゃんの襟首に手を伸ばす。一緒のタイミングで果南ちゃんも私と同じことをしていた。ふたりで千歌ちゃんを先生から引き剥がす。

「千歌ちゃん、先生に迷惑かけちゃダメだよ」
「千歌は旅館に戻りなさい」
「で、でも…頭撫でてもらいた……痛い!痛いよ!」
「頭を撫でてほしいんでしょ?私がしてあげるよ」

そう言った果南ちゃんは怒ったような顔をしていた。無駄に察しのいい頭では余計なことを考えてしまう。もしかしたら、果南ちゃんも先生のことを好きになったのではないかと。ただの憶測なのに全身の血の気が引いていく。ライバルが果南ちゃんなんて相手が悪すぎる。昔から勝負事で果南ちゃんに勝てたことなんてなかったから。好きになって欲しくないな…なんて思っている間に千歌ちゃんは私たちの前から姿を消していた。下を見ると「果南ちゃんの鬼!筋肉お化け!」なんて叫ぶ千歌ちゃん。あんなこと言っちゃって、後で果南ちゃんに何されるか分かったもんじゃないのに…。
千歌ちゃんの様子をぼーっと眺めているとポケットの携帯が震えた。

「…ん?」

確認すると相手は果南ちゃんから。用件があるなら口で言えばいいのに、って思いながら内容を確認する。驚く声をあげなかった自分を褒めてあげたいくらい果南ちゃんからのメッセージは吃驚する内容だったのだ。
『曜、桜内先生のこと好きでしょ?』
果南ちゃんを見るとニヤニヤした顔をしていた。まさか鈍感だと有名な彼女にバレるとは思っていなかったから、ちょっと悔しい。返事を打とうとしたら、また果南ちゃんからのメッセージ。
『勘違いしてそうだから言っておくけど、別に私は先生のこと好きじゃないからね』
どうやら私が勘違いしていたことまで見抜かれていたようだ。果南ちゃんには敵わないな、と改めて自覚させられた。頰を掻きながら「果南ちゃん、怖すぎ」と返しておく。それを見た果南ちゃんには苦笑いを向けられた。

「ふぅ…」

席に戻った桜内先生がひと息ついていた。すかさず果南ちゃんが頭を下げて謝る。吃驚する桜内さんに「千歌が迷惑ばかりかけているみたいなので…」と言っていた。ごく自然に優しいところを見せちゃうから女子に人気があるんだよ…。なんて教えてたところで無駄なのを知っているから言わない。急に立ち上がる果南ちゃん。私を見てから、にやりと口の端をあげていた。嫌な予感しかしない…。

「じゃあ、そろそろ私もお店の手伝いに戻りますね」
「えっ?」
「曜と先生はどうします?まだ居ますか?」

果南ちゃん、わざと私と桜内先生をふたりきりにさせようとしてる…。余計な気遣いなのに、って睨んでいると隣から悩むような「うーん…」って声が聞こえてきた。ちらりと桜内先生を見て「どうしましょう?」と視線で尋ねると、「どうしよう」と返された。果南ちゃんが居ないならここにいる必要はないし、ここで桜内先生とふたりきりで居たら後で絶対に果南ちゃんに揶揄われる。桜内先生よりも先に口を開いた。

「今日は帰ろうかな、また今度来るよ」
「そう?」
「うん、先生もそれでいい?」

私の問いかけに桜内先生はこくりと頷いた。果南ちゃんは「そっか…」と残念そうな顔を見せてくる。やっぱり揶揄う気だったんだね…。苦笑いをしながら立ち上がった。

「今度はダイビングしに来てくださいね」
「楽しみにしてます!」
「曜はちゃんと先生を家まで送るんだよ」
「わかってるよー!じゃあね、果南ちゃん!」

揶揄うような視線を向けてくる果南ちゃんに手を降れば、桜内先生も同じように手を振る。階段を下り終えて、先生を見ると果南ちゃんの方を向いていた。見つめ合って、会釈をするふたり。ちょっとモヤッとして冷たい声で「先生、そろそろ帰りましょう」と言ってしまった。先生から「そうだね」と返事が来たのと同時に私は船乗り場まで歩き出す。
ちょうど連絡船は出航してしまったようで、待つことになってしまった。そういえば、桜内先生とふたりきりになるのは初めてだ。
やばい、なんか緊張してきた…
緊張のせいで言葉がうまく出てこない。でも、先生の様子は伺いたくて、横顔を見つめているとぱちっと目が合った。なにか話さないと…。

「…千歌ちゃんが居ないと静かですね」

もっと気の利いたことを言えないのか。自分のトークスキルの無さにガッカリする。桜内先生からは「そうね」と返された。他に何か話さないと、って思いながらもすぐに会話なんて出てくるわけもない。ちらちらと先生の様子を伺う。私が変な行動してるように見えたのか「どうかしたの?」と真っ直ぐ見つめられて尋ねられた。三秒以上、目が合うのが堪えきれなかった私は露骨に目を逸らした。流石に態度が悪かったかな…と視線をゆっくりと戻していく。

「…ずっと気になっていることがあるんですけど聞いてもいいですか?」

口が勝手に動いていた。桜内先生はこくりと頷く。
どうしよう、なにを聞こう。
好きな人は居るんですか?
もしかして恋人が居たりしますか?
どんな人が好みのタイプなんですか?
聞きたいことならたくさんあるけど、どれもが生徒として聞けるような内容じゃなかった。ふと、脳内に浮かんだのは無難な質問。これも気になっていたから、ちょうどいいや。
そんな軽い気持ちで大切なことを尋ねてしまった。

「先生って小さい頃から先生になりたかったんですか?」






「高校生になるまでピアニストになりたいって思っていたの」
「ピアニスト…?」

驚いた。てっきり小さい頃から先生になりたいと思っていたのかと思っていたから。吃驚するよね、みたいな表情を見せながら先生は話を続ける。

「小さい頃からピアノをやっていてね、いつも周りの大人に褒められていたの。中学の時には全国大会にも出場したし、このまま本当にピアニストになれるんじゃないかって思い込んでいた。でも、それは私の勘違いだった…」
「勘違い…?でも、全国までいったんですよね…?」
「行ったよ。でも、それが私の限界だったの。それに気がついたのは高校生に上がって、すぐに行われたコンクールだった。周りから期待されていたのに、応援もたくさん来てもらっていたのに、弾けなかったの…」

人が話しているのにあまり口を出すものじゃないと思いながらも「プレッシャーとか…ですか?」と尋ねてしまった。先生が口を開こうとしたタイミングで連絡船がやってきてしまい、苦笑いを向けられる。「乗ってから話そうか」と言われて、私は素直に頷いた。今回の連絡船に乗るのは私と先生のふたりだけのようで、ちょっとだけ安心する。先生が座った席の隣に腰を下ろした。真っ直ぐ見つめすぎていたせいか、先生に視線を逸らされた。そのまま先生の口が開かれて、思わず息を飲んだ。

「あのね、コンクールでピアノが弾けなかったの、プレッシャーもあるけど…。イメージが掴めなかったからなの」
「イメージ……曲の…?」
「そう…。中学生までは頭の中いっぱいにイメージが出てきていたのに、高校生に上がってからはなにも出てこなくなっちゃったの…。初めは精神的なものかと思って病院にも行ってみたけど、原因は不明のまま。そこで環境を変えてみようって両親に連れて来られたのが内浦だったの。なにか変われるかもしれないって思ったけど、結果は変わらなかった。そこで私はピアニストになる夢を諦めたの…」
「……それで先生になろうと思ったんですか?」
「先生になるのも憧れというか夢のひとつだったからね…」

いまにも消えてしまいそうな笑顔に私はなにも言えなくなった。
彼女がどんなことを考えているのかは分からない。ひとつだけ分かったのは先生が涙を流していたということ。気がつけば、私は謝罪の言葉を口にしていた。

「……ごめんなさい」

驚いた表情を向けられた。当然だ、急に謝られたら誰だって吃驚する。か細い声で「どうして、渡辺さんが謝るの?」と尋ねられた。そんなの決まってるじゃないですか…。

「だって、先生…」

泣いてるじゃないですか
沈んだ声で返した。私の台詞に先生は自分の頰を撫でた。ゆっくりと指を上げて、今度は目元に触れた。
一瞬驚いた顔を見せた後に考えるような表情を見せられる。
なんとなく、ただ、なんとなく…。
先生が考えていることが手に取るように分かった。

「本当は今でもピアニストになりたいんですよね」
「…っ」

図星という表情をされた。
それでも構わず、私は言葉を続けた。

「でも、一度夢を諦めてしまった自分が情けなくて、許せないんですよね」

なにも返してこない桜内先生。
触れたいと思ったのは邪な気持ちがあったからじゃない。ただ、この人を、きっと涙を我慢し続けてきた桜内梨子という人物を泣かせてあげたかったから。
手を伸ばして、先生の頰を両手で包み込む。ゆっくりと顔を上げた彼女の表情に胸が締め付けられて、悲しくなった。ゆっくりと華奢な身体を引き寄せて、腕の中に閉じ込める。

「泣いてもいいですよ」

子供をあやすような声で囁いた。
先生は子供のように大きな声をあげて、船が到着するまで泣き続けた。








いつもより、はやく目が覚めた。
昨日、真っ赤な眼をしたまま旅館に戻ろうとする先生のことを引き止めた。理由としてはあんな状態の先生を千歌ちゃんに会わせたくなかったから。先生に「千歌ちゃんに絡まれたら大変ですから、私が気を引いているうちに部屋に戻ってくださいね」と言うとまた泣きそうな顔をされて、ちょっと苦笑いをした。罪悪感があるのか頭を深々と下げられて、お礼と謝罪の言葉を言われた。半分は私のせいだから、という部分を省略して「気にしないでください」と笑顔を見せた。
先生が部屋に向かったのを確認して、私は千歌ちゃんのところに向かった。まだ手伝いを終えてなかった彼女に姿を見せると「あれ?もう帰ってきたの?梨子ちゃん先生は?部屋?」と連続で質問を投げかけられた。苦笑いをしながらひとつずつ答えを返していくと千歌ちゃんは手伝いを放棄して、先生の部屋に向かった。
先生の部屋をノックして「梨子ちゃんせんせー!」と呼びかける千歌ちゃんに「先生、疲れてるみたいだから休ませてあげて」と言うと渋々だったけど了承してくれた。すぐに美渡姉がやってきて、千歌ちゃんを引き摺っていったから私も家に帰った。

回想も程々にして、ずるずるとベッドから抜け出す。一階に下りるとお母さんは既に出掛けた後のようで、食卓の上に私の分だけ朝食が並んでいた。相変わらず、朝が早い人だと思いながら向かうのは洗面所。洗顔と歯磨きを済ませてから、朝食を摂る。ひとりでする食事には慣れているけど、やっぱり千歌ちゃんのところに泊まりに行った後だとちょっと寂しい。駄目だと分かっていながら、さっさと食べ終えて食器を洗う。時間を見ると、いつも起きている時刻だった。二階からアラームの音が聴こえて、駆け上がる。

「……先生、どうしてるのかな」

携帯のアラームを止めながら呟く。
しかし、まぁ…昨日の一件はかなり衝撃的だった。
まさか桜内先生がピアニストを目指していたとは…。今度、先生のピアノが聴きたいと言ったら怒られるかな。傷を抉っちゃうかな。そもそも言えないだろうけど…。とりあえず先生がピアニストを目指していたことは千歌ちゃんに教えないでおこう。私だけが知っている先生の秘密が欲しいから。心の狭いと思われるかもしれないけど私にも独占欲は存在する。だから、先生が言うまで私は言わない。
机の上の時計を見ると家を出る時間が近づいていることに気がついて、机の上に散乱させた教科書を鞄に詰めてから家を出る。バス停まで走るといつも乗っているバスが来ていて、乗り込んだ。
一番後ろの端っこ席に座って、がたがたと揺れるバスに身を任せる。考えるのはやっぱり先生のこと。どれだけ好きなの?って自分でもツッコミを入れたくなるくらい私の頭の中は先生のことでいっぱいだった。いつもよりはやく起きてしまったからか、少しずつ眠気がやってきて私は意識を手放した。






夢を見た。
私が梨子ちゃんと付き合っている夢だ。

学校まで向かうバスの中で私と梨子ちゃんは並んで座っていた。
ふたりとも同じ制服を身に纏っている。
優しそうな笑顔を私に向けて
「渡辺さん」
なんて他人行儀みたいに呼んでくる梨子ちゃん。
私は拗ねた顔をして「今度は何の意地悪?」なんて返す。
そんな子供っぽい性格じゃないでしょってツッコミを入れたくなる。
拗ねた私が面白かったのか梨子ちゃんは笑いながら「曜ちゃん」と呼んでくれた。

たったそれだけの事なのに

いつもの事のはずなのに

胸が壊れてしまうんじゃないかってくらいドキドキした。

がたんと大きくバスが揺れる。

反射的に閉じた瞼を押し上げると梨子ちゃんの姿がぼんやりと見えた。

「…んっ………あれ…?」

さっきまでの梨子ちゃんとすこし違う。
何が違うのだろう。
本人に聞いてみれば分かるかな…なんて考えながら口を開いた。

「…り、こちゃん……」

かなり掠れた声だった。梨子ちゃんは一瞬で顔を真っ赤にして、慌てた表情を見せてくる。そんな顔も可愛いなって考えているうちに思考が働き始めた。

………あれ?

私の知り合いで梨子という名前の自分はひとりしか居ないよね…?
しかも相手は先生のはず…。
ぼけやけていた視界がはっきりとした。

「…うぅ……あれ、さ、桜内先生!?」

目の前にいたのは桜内先生で、私は大声を出した。
先生が何かを言っていたような気がしたけど、「渡辺さん、おはよう」と挨拶をされたので目を見開いたまま「お、おはようございます…」とぎこちなく返した。寝惚けて“梨子ちゃん”と呼んでしまったのが恥ずかしすぎて顔を隠しながら質問をする。

「こんな朝早くになにやってるんですか…?」
「学校に向かってるだけだよ」
「でも、いつもはこの時間に乗ってない…」
「今日はたまたま早くに目が覚めちゃって…」

会話が途切れてしまった。桜内先生がそっぽを向いたから、私もそっぽを向いた。お互いに違う窓から外の景色を見るけど、私だけはすぐに視線を先生に戻した。メイクでうまく誤魔化しているみたいだけど、近いから分かる。昨日、大泣きをした先生の瞼は腫れていた。眺めているとこちらを向いた先生と目が合う。触れてもいいのかな、と考えた時には口から言葉が漏れてしまっていた。

「あの……瞼」
「ん?」
「やっぱり腫れてますね」

苦笑いで「まぁね」と返された。私から返す言葉が見つからず、今度は先生から話しかけられる。

「…昨日はありがとう」
「私はなにもしてないですよ」
「でも、渡辺さんのおかげでちょっとすっきりしたから…」

私は先生を泣かせた張本人なのに、どうして感謝なんてするのだろう。たぶん、彼女がいい人だからだ。

「………桜内先生はいい人ですね」

私の悩み…聞いてもらいたくなっちゃいますよ。
こちらを向いた先生は「綺麗…」と呟いた。唐突の褒め言葉に驚いた。でも、好きな人にそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しくて頰を緩ませる。

「……梨子ちゃん」
「えっ…?」
「すみません、呼んでみたくて…」

たぶん綺麗なんて言われて気持ちが高揚したのだろう。しちゃいけない失言をしてしまった。いつも通り「先生って付けなさい」と怒られるかなと不安になってすぐに謝った。ゆっくりと口を開いた先生から吃驚するような言葉が飛んでくる。

「……曜ちゃん」
「…っ、いま…」
「ごめんね、呼んでみたかったの」

曜ちゃん、って呼ばれた…?夢じゃないよね…?
嬉しいのと恥ずかしいのが一度に襲ってきて、顔が真っ赤になるのを感じる。それは先生にも伝染してしまったようで真っ赤になっていた。ドキドキと心臓がうるさい。逸らしていた視線をこちらに向けられて、今度は私から視線を逸らした。なにを話したらいいのか分からなくて、先生から話しかけられることがないまま学校に到着する。

「職員用の下駄箱…向こうだから、もう行くね」

そう言って、立ち去ろうと背を向ける桜内先生。

「……あの!」

私の声に振り向いた先生を真っ直ぐと見つめる。漫画やドラマなら「好きです」って告白をするタイミングなのだろうけど、いまの私に自分の気持ちを伝える勇気はない。でも呼び止めてしまったからには何か言わなくちゃいけなくて…。大きく深呼吸をする。

「先生、前に『悩み事でもあるの?』って聞きましたよね」
「うん…」
「あの時はないって言いましたけど…」
「……」
「本当はあるんです…」

情けないくらい声が震える。
私の“悩み事”という名の“愛の告白”を聞いたら先生は吃驚するに違いない。
もしかしたら嫌いになるかもしれない。
いまなら引き返せる。
そう思ったけど、少しでも自分から前に進まないと何も変えられないから…。

「だから、放課後……話を聞いてもらえませんか?」
「……私でいいの?」

不安そうな瞳を向けられた。
“悩み事”なんて言い方をしてしまったせいで桜内先生は自分よりも適任者がいると思っているのだろう。惑わすような回りくどい真似をしてしまって申し訳なくなる。

「私は桜内先生に聞いてもらいたいんです…」

先生の表情が変わった。
驚き?いや、それだけじゃない…。何か分からないけど先生の中に心情の変化があったみたいだった。

「分かった…。放課後待ってるね」

小さな声が震えていた。
胸元の服をぎゅっと握り締める。









告白、考えておかないと

 

 

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