桜内さん, 抱っこにチャレンジ。
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「ほ-ら, 요우ちゃ-ん。いい子ね-」
「きゃっ, きゃっ」
「…………」
人里離れた森の奥底。透き通った湖の畔に住まいを構える魔女の家で, 악마요하네は友人の子育て模様を眺めていた。
がらがらと音を立てる玩具を操って, 요우と名付けられた獣人の赤ん坊をあやす『湖の魔女』。その表情には慈愛に満ちている。一方の요우もその玩具がよっぽど気に入ったのか, 楽しそうに笑い声を上げてちっちゃな手を精一杯伸ばしている。
実に微笑ましく, ありふれた景色であろう。
「よ-ちゃん~, ほら~」
「あっ, きゃぅ!」
――리코と요우の距離が十メ-トルも離れていなければ, ではあるけれど。
「…………」
立ち位置関係を一度整理すると。
窓際の風通しのいい場所に아기用のベッドが置かれていて, 요우はそこに寝かせられている。そんな요우をあやすがらがらの玩具は持ち手が存在せず完全に宙に浮いた状態。玩具に浮遊魔法をかけた本人は, 요우のベッドから大きく距離を取って階段の手すりの裏にいる。
二人の中間あたりでテ-ブルに頬杖をついて見守る요하네は, この状況をどう表現すればいいのか, 判断に困っていた。ユニ-クと言うべきか。シュ-ルと言うべきか。なんと言うべきか。とりあえず, 普通の子育てではない。それは断言できる。
一応我慢して見守っていたが, さすがに耐え切れなくなって, 頬杖していた顔を持ち上げて, 階段のところにいる리코に声をかけた。
「리리さ, いい加減慣れたら?」
「え-? なあに?」
리코は玩具を緻密な魔力コントロ-ルで操りながら, 요우と遊ぶのに夢中になっている。요우が可愛いのか, 怖いのか……。どっちなのだろうか。
しかし, それでも一応進歩はしているようだ。요우が目を覚ました途端, 絶叫して家を出てしまった一か月前(後で聞いたら, 飛行魔法を使って隣の山の谷間まで逃げ込んだそうだ)と比べたら, 随分マシになったものである。리코が요우を育てることを決めてから, 早一か月。最初の一週間はそれこそ毎日, 酷い時は三時間おきの頻度で『召喚』されたが, 최근ではそんな強制シッタ-ヘルプに駆り出されることも少なくなってきた。
今回は요하네の方から自発的にやって来た具合である。五日間리코から『召喚』がなかったので, 逆に何かあったのだろうかと危惧してのことだが, 예상に反して上手くやっているようだ。
優しそうな表情で요우と遊ぶ리코を見つめて, 요하네も少し安心する。
だがまあ, それはそれとして。
……やはりこれは普通の子育てではないだろう。
「……抱っことかさ, してあげないわけ」
요하네がそう言った瞬間, 浮遊魔法が不自然に途切れてしまった。ぐらりと重力に負けて落下しそうになる。だが, そこはさすが名高い『湖の魔女』である。瞬時に浮遊魔法をかけ直して, 요우にぶつけてしまわないように, ゆっくりとベビ-ベッドの上に下ろす。
ほっと息をついてから, 리코はやや鋭くした視線を요하네の方に向けた。요하네は頭の上で両手を組み, 澄まし顔でその視線を受け流す。
「よく言うじゃない。子は부모の愛情を受けて育つって」
「……母性愛を持ち出す악마って変じゃない?」
「人間界の一般論の話!」
요하네は玩具をちっちゃな両手で持って, あぶあぶとかじり始めた요우に視線をやった。리코もその視線を追う。
「ああいう아기ってさ, お母さんの温かさとか柔らかさとか感じ取って成長してくんじゃないの」
요하네は악마である。故に父も母もいない存在である。だから, そういうことは想像で語るしかないが, 的外れでもないことのはずだ。
「……唐突すぎて理不尽かも知れないけど, 今は리리がこの子の保護者なんだから, そういう責任みたいなものもあるでしょう?」
「…………」
「리리は요우のこと, どう思ってる? 可愛い? それとも怖い?」
요하네の問いに, 리코はしばらくの沈黙を置いてから, 細い声で言った。
「……一ヶ月も一緒にいたら, やっぱり情は沸いちゃうよ」
리코は少しずれてしまった요우のタオルケットを指差しして, かけ直してやる。「でも」と小さく呟く。
「……やっぱりちょっと怖い」
「噛まれるのが怖いの?」
「…………」
리코は言葉を濁した。
「……可愛いんだったら, ちゃんと愛してやんなさいよ」
愛してやれ, なんて言う악마はもしかしたら요하네ぐらいしかいないかもしれない。리코はちょっと困ったように苦笑して言った。
「……욧쨩やっぱり악마っぽくないなぁ」
요하네はそれに対していつものごとく「この요하네を捕まえて악마らしくないとは聞き捨てならないわね。요하네は漆黒の闇から生まれ落ちた타천사よ!」などと返してやろうかも思ったが, 思い直して口をつぐんだ。리코の表情に何か感じ取ったためである。階段のところで座り込んでいた리코がやおら立ち上がる。遊び疲れてしまったのか, 玩具を抱き抱えてうたた寝を始めた요우に優しい眼を向けてから, 요하네の方を見て言った。
「……욧쨩。私, 頑張ってみるよ。요우쨩のこと抱っこしてみせる」
리코の「抱っこ」宣言から一週間後。요하네は『召喚』を受けて, 리코の家に降臨した。しゅう……と火が水をかけられて鎮火するような音がして, 요하네はゆっくりと眼を開く。
「……封印された我が身を再び現世へと蘇らせたのは誰かしら? ふふ, 誰でもいいわ。この타천사 요하네と契約する――」
「あ, 욧쨩。今日はそういうのいいから」
「…………」
口上を遮断された요하네は仏頂面になった。「今日は」などと言うが, 리코が요하네の登場セリフをまともに聞いてくれたことなどほとんどないのである。折角, 毎回魔界の方で考えて来てるのに……と思いつつ, ジャストな感じで決めていた타천사ポ-ズを解除する。不完全燃焼な感じは否めないが, 確かに今日はいつもよりちょっと特別なのだ。登場シ-ンを短縮させられたことに物申すのは我慢しておこう。
「……覚悟決めたの?」
요하네の問いに리코は「うん」と頷いてみせる。
一週間前, 요우を抱っこしてみせると意気込みを決めた리코ではあったが, さすがにその日に実行することは出来なかった。
「準備したいの」
리코はそう言って, しばしの猶予を求めた。
確かに리코の犬嫌いは深刻である。犬の獣人である요우と一緒に暮らせている時点で奇跡と言ってもいいくらいだ。心の準備は必要なのだろう。そう思った요하네はとりあえずその日は了承して, 魔界へと戻った。
そして, 一週間が経過した今日。요하네は리코から『召喚』された。리코の方でも準備が出来たということであろう。
「あの子は?」
「あっちにいるよ」
리코が視線を向けた方を見れば, 家の外, ウッドデッキを下りたすぐ近くの草の上に座り込んでいる。アッシュグレイの柔らかそうな髪の毛が日に照らされている。首はすわっているものの, まだハイハイが出来ないらしい요우は, 顔の近くを飛ぶ蝶を見て, 「あ-う-」などと言いながら, 手をぐ-ぱ-している。ぴこぴこと動く耳とお尻から伸びるふさふさの尻尾が愛らしい。
요하네は리코の方を振り返った。리코は胸の前できゅっと両手を握り締めてから, 外へ出る。
実際のところ, 요하네は리코が直前で怖気づいて「やっぱり無理!」と言うのを半ば예상していた。だが, 今の리코の表情なら大丈夫そうだ。琥珀の瞳は決意を固めている。
요하네も리코の後を追って, ウッドデッキへと出る。
리코は요우の三歩手前で立ち止まっている。요우が振り向き, 리코の姿を視認すると, ただでさえ愛らしいその顔を綻ばせた。「あう-!」と리코に向かって手を伸ばす。요우の中ではすでに리코が自分を保護してくれる存在として認知されているのだろう。리코がほんの少し肩を強ばらせたのが見えた。けれど, 意を決した表情で, 一歩近づくと右手を요우に向けて差し出す。
요하네は次の場面を頭の中で想像した。
리코が恐る恐る요우に触れ, そっと胸に抱き寄せる。요우は初めて触れる리코の温もり柔らかさに破顔する。目に見える愛情の形。幸せの形である。
そんな二人の姿を예상して, 微かに口許を緩ませた요하네。
だが。
次の瞬間に。요하네はぞくっとする寒気を感じた。
ぎょっとする。何かと思う。思わず리코の方を見た。리코の琥珀の瞳が妖しく光っている。太陽に照らされての輝きではない。
――あれは, 魔法を使う時の……。
리코は요우を見下ろしたまま, かざした右手の指先をぴんと伸ばす。요우はきょとんとした顔つきだ。
その時, 場に広がっていた리코の魔力がある一点に収集したのを요하네は敏感に感じ取った。その一点とは, 요우のちょうど背後だ。
요우が座り込む草むらの背後。何もなかったそこに, 急に土が盛り上がってくる。ぼこぼこっとまるで巨大なモグラが顔を出すかのように。土は湧水のように次から次へと湧き上がり, どんどん大きさを増して, 요하네の背丈さえも超えた。
土の塊は蠢き, 形を整えていく。山形に膨らんでいた形から, 腕のように見えなくもないものへ, 足のように見えなくもないものへ, 胴体に見えなくもないものへ。人型に近い形になったそれは, 人間における頭部のところを特に念入りにぼこぼこと蠢かせて, 三つの凹みを作った。目と口……に見えなくもなかった。
形をようやく整えて, ぼこぼこをやめた土人形は, そこで終わるかと思ったが, さらに変化する。全身に緑がものすごい勢いで生え始めたのである。草や花や苔といったものがぶわぶわぶわっと体の表面を覆っていく。芽を出し, 花を咲かせ, ツタの葉を全身に巻き付かせるように伸ばす。自然の神秘と言えば聞こえはいいが, 植物が一斉に噴き出てくるその様は正直言って気持ち悪かった。思わず自分の腕を掻き毟りたくなるくらいである。
「…………」
「…………」
「…………」
土人形改め草人形は全長二メ-トルぐらいあるだろうか。横幅もあって, 仁王立ちするその姿は, なんというか……怖い。昼間でよかった。もし真夜中にこんなものと遭遇したら, 悲鳴&気絶のコンボは免れないだろうと요하네は推測する。악마だって怖いものは怖いのである。
「…………」
草人形は無言で요우を見下ろしている。
頭部の左側面の辺りにぽっと一つだけ咲くアゼリアの花はチャ-ムポイントのつもりなのかなんなのか。そもそも, そんないかつい外見をしといて女の子に見せかけているのか。
唖然と固まる요하네。離れた位置にいる요하네でさえ, 無言で威圧するかのような草人形に恐怖を感じざるを得ない。それをごく間近に, 窪んだ眼でじっと見下ろされる요우が感じる恐ろしさは, 如何程のものだろうか。요우はもう蛇に睨まれたカエル状態だった。尻尾が総毛立って, びんと直立してしまっている。声も上げることも出来ないようだった。
そんな二人の反応に全く気づかずして, 리코は「ふう」と息をついた。何故かとてもいい笑顔。
「さ, く-ちゃん。요우쨩を抱っこしてあげて」
「ちょお!?」
まさかとは思ったが, やはりそういうことなのか。
慌てて止めようとウッドデッキの柵を乗り越えようとした요하네であったが, こんな時に持ち前の不幸体質が発動する。柵に足が引っかかり, 顔面から草の上に落ちた。
「ふぶっ!?」
요하네がそんなことをしている間に, 作り手である리코から命を受けた草人形は緩慢な動作で手を伸ばした。요우の肩が跳ねるようにびくついた。
そして, 案の定, じわりとアクアブル-の瞳が滲んで――
「……ふ, ふああああああああん!!!」
大声で泣き出してしまった。
「え? え? 요우쨩? え? なんで?」
「……あったりまえでしょう!」
요하네は口の中に入ってしまった草を吐き出しながら叫ぶ。
「え? どうして? 葉っぱいっぱいで柔らかいよ? 干したてのお布団みたいにあったかいよ? いい匂いもするよ?」
「そういう問題じゃないのよ!」
「せ, 折角, 요우쨩のためだけに新しく編み出した魔法なのに」
……準備とはそういうことか。ようやく요하네の中で合点がいった。
요하네は服についた泥を払いつつ立ち上がると, わんわんと泣き叫ぶ요우を拾い上げた。背中をとんとんと叩いてあやしてやりながら, 리코にジト目を向けてやる。
「리리, とりあえずそこ正座」
「え, ええ……?」
「い・い・か・ら, 正座! じゃないと堕天奥義食らわすわよ!?」
「は, はいぃ!」
シュバッと正座する리코。何故か草人形も一緒になって正座した。
「리리, 요우のこと嫌いなわけ?」
「そっ……そんなことないよ!」
「じゃあ――」
えぐえぐと泣きじゃくる요우を持ち替えて, 요하네は리코へと差し出す。
「抱っこしてあげなさい」
리코の表情が微かに強張る。しかし, 涙に濡れたアクアブル-の瞳, ぺたっと畳まれた耳, しゅんと垂れ下がった尻尾……そんな姿の요우を見ては, 拒絶もしきれない。
「……っ……」
三分ほど踏ん切りがつかなそうに固まっていたが, 리코はようやく指先を浮かせた。요우を見つめて, その指先をゆっくりゆっくり近づけていく。すんすんと鼻を鳴らす요우。そんな요우の涙に濡れた頬に。
리코の指が。
「……!」
触れた。
리코は小さく震える指を動かして涙を拭ってやる。
「……触れるじゃない。ほら」
요하네に促されて, 리코は怯えながらも, 壊れ物を扱うかのように요우を受け取る。小さな身体。리코の十分の一にも満たないだろう。そんな小さな存在が, 今리코の腕の中にすっぽり収まっている。
「……あ-……う-?」
くん, と요우が鼻を嗅ぐ。いつの間に泣き止んでいた。ちっちゃな手が리코の顔に向けて伸ばされる。その手が리코の頬に触れる。ぺた…‥ぺた……と触られる。そのくすぐったさに리코は思わず笑ってしまう。
「あ-!」
요우も笑った。
「……あったかい」
리코の腕に収まった小さな生き物。その体温が直に伝わって, 리코は思わずそう呟いた。
出会って一か月と少し。ようやく触れ合った二人の姿に요하네はやれやれと肩をすくめた。
犬嫌いの魔女の子育てはきっとこれからも前途多難だ――。
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