네 얘기는 듣기 질렸어

君の話は聞き飽きた

네 얘기는 듣기 질렸어

 

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7724891

 

恋多き女・桜内と彼女を一途に想う曜ちゃんの話。
好きな人の恋愛話を聞いてあげる曜ちゃんの恋しさとせつなさと心強さが詰まってます。

 

 

 

 

 


あなたの口から恋人の話を聞く度に

私の心は凍てついて

暖かな春が来てもなお

融けることはなく

君の話は聞き飽きた




<『曜ちゃん、今日の夜空いてる?』

        『八時以降なら』>

<『じゃあ、いつものお店に八時で』

         『ヨーソロー』>


講義終わりに、さっき彼女としたばかりのやりとりを眺めて、溜息を一つ。
「今日も長くなるのかなぁ」
金曜の夜に飲みのお誘いだというのに、私の気分はウキウキとは程遠い。
「今回は前より短命だったね……」
大学に入ってから"恋多き女"に変貌してしまった友人の恋は、今回は三カ月ともたないうちに終わってしまったようだ。
「曜、どうしたの? 浮かない顔して」
「んー、花金に友達の愚痴聞くことになった」
「また"例の子"? 曜も毎回大変ね」
「うん……ま、好きでやってるんだけどね」
そう、彼女の恋が終わる度に毎回呼び出されては、別れた相手の愚痴を延々と聞かされるのも、最終的には「私が悪いの」と泣く彼女を宥めるのも、酔っ払って一人では歩けなくなった彼女を家まで送り届けるのも、私が好きでやっていることだ。

どんな理由であれ、絶賛片想い中の相手から必要とされれば、光の如く飛んで行くのが恋する人間の性だと思う。
高校二年生の頃から数えてかれこれ四年の片想いは、実る気配は全くないけれど、枯れることもなく私の中で今も育ち続けている。好きになったあの頃と比べて、彼女はこの数年で随分とアグレッシブな女性になってしまったけれど、それでもやっぱり根本はあの頃の彼女のまま、真面目で繊細で優しいことに変わりはなくて、幾度となく彼女の恋模様を目の前で見せつけられて心が折れそうになっても、この気持ちが変わることはなかった。

「惚れた弱みだよねぇ……」

誰にも聞こえないようにぽつりと呟いた。







「私と居てもつまらないんだって! じゃあ最初から付き合おうなんて言わなければよくない!?」
「うんうん、そうだねぇ」
お店に着いてから一時間、同じ話がすでに三回は繰り返されている。ビールが苦手な彼女は、一杯目のピーチフィズ以降ずっとワインを飲んでいて、いつもよりもグラスの空くペースが早いことから、今回は相当ダメージが大きかったであろうことがうかがえた。
今回のお相手は合コンで知り合った人で、有名大学の医学部生らしい。ルックスは申し分なし、頭が良いから話も面白くて、将来も有望なため、その合コンで一番の競争率だったとか。そんな一番人気の彼のハートを射止めたのは、今私の目の前で延々と元恋人の愚痴を叫んでいる彼女だったようだ。
高校の頃から正統派の美少女だった彼女は、歳を重ねるごとに綺麗になっていって、二十歳を越えたあたりからは、すれ違った男の人がみんな振り向いてしまうような美人さんになっていた。
合コン終わりに二人で二次会に行って、そのまま付き合うことになって、やることやって、二カ月経ったら相手の浮気が発覚してサヨナラ。まぁなんともあっけない。
彼女の最短記録は交際期間三日で、別れた理由は相手のご飯の食べ方が汚かったことらしい。それ、付き合う前に分かったんじゃないの?
ちなみに一番長く続いたのは初めてできた彼氏のときで、それでも半年だというのだから他の人がどれだけ短いかなんてお察しだ。
どうも彼女の恋愛はそういう類のものが多くて、つまり、割と見境なく付き合っては、長く続かずに別れて、私の知らない間にまた次の恋が始まっている。アプローチは全て相手からというのが彼女のモテ具合をよく表していると思う。
決して来る者拒まずなわけではないけど、守備範囲は広くて、私が知っている限りでも、二歳下のバンドマンから十歳上のサラリーマンまで、年齢も職種も様々だった。私が呼び出されるのは別れた時だけなので、付き合うことになった報告も、付き合っているときの悩み相談もなく、こうして数カ月に一度、終わった恋の話を聞いている。

彼女の話を聞きながら、私はちびちびとビールを飲みつつ、目の前の枝豆を食べることに集中していた。そうでもしないと、好きな相手の恋バナなんて正気のまま聞けたものじゃない。次々に積みあがっていく枝豆の殻の山を崩さないように、そっとその上に次の殻を乗せた。
話を聞きたくないのなら誘いを断ればいいだけのことだけど、こうして呼び出される度にホイホイと飛んできてしまうのは、彼女とのほんの僅かな繋がりを失いたくないからだと気付いてしまって以来、叶わぬ恋を追い続けてしまうバカな自分には目を瞑ることにした。

「ちょっと、ようちゃん聞いてる!?」
はいはい、聞いてますよー。彼の家に行ったら浮気相手と鉢合わせて、彼を問い詰めたら振られた話でしょ。もう一言一句違わずに言える自信がありますとも。
「聞いてるよ。いーじゃん、浮気するような人だったんだから、早く気付いてラッキーじゃん」
「そーよ、あんな人こっちから願い下げよ!」
もう! ムカツク! と、四年前の彼女の口からは絶対に吐き出されなかった言葉たちを聞きながら、そろそろ私も気持ちの整理をするべきなんじゃないかなぁと思ってしまう。まぁ、そう思う度にふとした彼女の弱さを垣間見てしまって、思いとどまっているのだけど。
早いもので、彼女を好きになってから四年という月日が経ってしまい、常に心に居座っていた気持ちはそうそう簡単に出て行ってはくれなさそうだった。本人にその気がなくても、罪な人だなぁと隣で毒舌を振るう相手を見て苦笑する。
この後、医大生だけではなくて、その前に付き合っていた歴代の元彼の愚痴にまで発展し、彼女の話が小一時間続いた。

「……でもね、すっごく優しい人だったの。忙しいのに時間を作って会いに来てくれたし、エスコートもスマートで、」
さぁ、始まりました、散々愚痴を言った後の謎のフォロータイム。元々の彼女の性格が優しいせいだろうけど、どれだけ相手のことを悪く言っても、最終的に相手は「優しくて良い人」になり、自分が悪かったのだと自己嫌悪に陥るまでがテンプレだ。
自分のことを地味だと言い張るその姿勢は高校の時から変わらず、今回みたいに所謂ハイスペックでキラキラしている人と付き合って別れる度に「どうせ私は地味だから」と落ち込んでいる。女性は恋をするとキレイになるらしいけど、彼女の場合は恋をする度に自分を傷つけている気がした。その姿はさながら恋の戦場へと赴く戦士のようで。
心の傷が癒えないままに、次の戦地へと向かう彼女は一体何と戦っているんだろう。

「…っく、なんでさぁ、…いっつも、ひっく、こう、なんだろ…っう」
ついに泣き始めた彼女の背中をさすりながら、店員さんに温かいお茶を二つ頼む。こうなるともうまともに話もできなくなるし、泣き疲れた後は寝息を立て始めてしまうので、飲み会が終わりに近づくサインだ。これからお会計を済ませて、足元の覚束ない彼女を家まで送って、ベッドに運ぶまでが私の仕事。ひどいときは、服を掴まれたまま離してもらえなくて、そのままそこで一夜を明かしたこともある。もちろん、私は一睡もできずに。

「やっぱり…っわたしが…地味でつまんない、からっ、なのかな」
「梨子ちゃんが悪いんじゃないよ。相手が梨子ちゃんの良さに気付けなかっただけだよ」
震える彼女の肩をそっと抱いて、ぽんぽんと二度軽く叩いた。これが、友達として私ができる限界だった。

テーブルの上に二つ並んだ湯呑から上がる湯気みたいに、彼女の心についた傷もすぐに消えればいいのにと思った。



ガチャリ、と彼女のマンションの鍵を開けて「お邪魔しまーす」と慣れた手付きで背中で眠る彼女を部屋の中に運び入れる。
何度目かの彼女からの呼び出しのときに、「これ、持っておいて」と彼女から部屋の合鍵を渡された。あのときはまさかこんなにも使う機会があるとは思ってなかったけど、今ではすっかり自分のキーケースに馴染んでしまっている。
二カ月ぶりに訪れた彼女の部屋は、相変わらず綺麗に整理整頓されていた。靴を脱がせて、寝室に運んで、そのままベッドに背中から降ろす。前は首に回された腕が離れなくて、仰向けになったまま背中に彼女の体温を感じながら、彼女が腕を離してくれるまでの一時間を一人で悶々と過ごしたこともあった。
今回はそのままするりと腕が離れたのでほっとする。無邪気な顔で眠るその頬にはさっきまで流していた涙の跡が残っていて、そういえば彼女と会うときはいつも泣き顔ばかりを見ているなと嬉しくない考えに思い当たる。
彼女の笑顔を見たのはいつが最後だったっけ。もう随分と前の記憶のような気がして、なぜだか私が悲しい気分になった。
辛いのは梨子ちゃんなのにね。
彼女の涙の跡にそっと触れると、彼女が少し身じろいで、目を微かに開けた。

「ごめん、起こしちゃった」
「よぉちゃん…?」
「うん、曜ちゃんだよ」
寝ぼけているのか、酔っているせいなのか、舌足らずな口調で尋ねる彼女は、起き上がることなく、首だけを少し動かしてこちらを見た。
「……ここは?」
「ここは梨子ちゃんのお家」
「そっかぁ……またようちゃんにめいわくかけちゃったね」
「いいよ。いつものことでしょ」
「ごめんね……」
「はいはい」
彼女の前髪を撫でてやると、猫が撫でられてのどを鳴らす時のような幸せそうな顔をする。
それ、反則。そんな顔されたら、ずっとこうしていたくなるから。
「ねぇ、よぉちゃん」
「んー?」
撫でる私の手を取って、そのままふにふにと手をなぞられる。ちょっとくすぐったい。
「どしたの、梨子ちゃん?」
「わたしね、よーちゃん、だいすき」
「っ?!」
へにゃりと微笑む彼女の口から核爆弾みたいな威力で投下された言葉は、私の思考を停止させるには十分だった。

こうして酔っ払って無防備になった彼女はかなり危険だ。今みたいに、主に私に致死的な傷を負わせる最終兵器となってしまうから。
好きな人からの「大好き」がこんなにも残酷な言葉になるなんて、彼女を好きになるまで知らなかった。彼女の『好き』と私の『好き』は違うのに、彼女のふにゃふにゃとした声が脳内に反響して胸がどきどきしてしまう。一生重なることのないその想いは、彼女から『好き』と言われる度にその意味の違いがどんどん明確になっていく気がして、私の中でずぶずぶと埋もれていく。
いっそのこと伝えてしまえば楽になれるのに。友達としての絶対的な信頼を失ってしまうことを恐れる臆病な自分がそれを許してはくれなかった。
こうして今日も私は気持ちを隠して、「はいはい、ありがと」と何でもないように彼女の頭を撫でては、再び夢の中に戻る彼女を見送るのだ。

「恋なんて知らなきゃよかった」

幸せそうに眠る彼女とは対照的に、ぐちゃぐちゃになった自分の心臓を押さえながら、彼女の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたなべー! ちょっと買い出し行ってくれー」
「はーい!」
今日は水泳部の大会終わりの打ち上げで、一次会は部室で鍋をすることになっていた。だいたいの材料はもう買っているのだけど、欠席予定だったメンバーが急遽来れるようになったとかで、追加の買い出しを部長にお願いされた。
「あ、オレも行くわ。荷物多いだろうし」
「ありがと! 助かる!」
同期と大学の近くにあるスーパーまで大会でのプチ反省会をしながら歩いていると、最近できたらしいオシャレなカフェが目に入った。
「こんなとこにカフェなんてできたんだ」
「ああ、先々週ぐらいにオープンしたらしいぞ。学部の女子がサンドイッチがうまいって言ってた」
「へぇー。こっちの通りはあんまり来ないから知らなかった」
彼女の好物の名前を聞いてぴくりと反応してしまうこの耳をどうにかしたい。
サンドイッチだけじゃなくて、ピアノやゆで玉子、桜、犬、壁ドンとか、彼女を連想させる言葉にことあるごとに反応してしまい、恋をしたての中学生じゃないんだからと自分で自分にツッコミを入れている。

白を基調に作られたお店には大きな窓がついていて、窓際に座るお客さんの様子が見えた。

「あ、」

「どーした? 知り合い?」
「……いや、知り合いかと思ったけど似てただけだった」
「ふーん。そういやぁさ、この前部長が…」

隣で話す同期の声が自分の心臓の音で聞こえなくなった。それはまるで一刻も早くこの場から立ち去れと体が警告音を発しているかのようで。

さっき覗いたカフェの窓際の席には、同年代の男の人と親しげに話す彼女の姿があった。

なんで今さら、こんなことで。
彼女が誰かと付き合っている話なんて、もういくらでも聞いたじゃないか。その度に心を痛めては、仕方がないと諦めて、ようやく彼女の隣で作り笑いをすることにも慣れてきたと思っていたのに。なのに、いざ二人で居るところをこの目で見てしまうと、聞く以上の衝撃が、痛みが、この胸を貫いて。

「でさ、罰ゲームにゴリラのマスクを…って、渡辺!?」
「へ?」
「オマエ、なんで泣いてんの!?」
「えっ!?」
慌てて目をこすれば手が濡れていて、自分でも気付かないうちに泣いていたみたいだった。
「今の話に泣くポイントなんてないんだけど」
「いや、違くて、なんか目にゴミが入ったっぽい!」
生理現象だよ、とその場はごまかしたけど、その日の二次会で記憶をなくすほどにお酒を飲み、翌日二日酔いで頭を抱えていると「渡辺って嘘つくの下手だよな」と笑われた。


私の嘘が下手なのなら、四年間つき続けているこの嘘は、どうして彼女にばれないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「サンドイッチがおいしいから」と、同じ学部の男の子に誘われて行ったオシャレなカフェで、彼の武勇伝という名の昔話を聞きながら、「つまらないなぁ」と窓の外をふと見れば、見紛うことのないアッシュグレーの髪を見つけた。



その隣には私の知らない男の人がいて。



心がチクりと痛む音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『今日はうちで飲まない?』

前回の飲み会から一カ月ほどしか経たないうちに、彼女からお誘いの連絡があった。今回は珍しく彼女の家で宅飲みのご提案。
先日彼女のデート現場を目撃してしまったことが頭をかすめ、あぁ、あの人と別れたのかなぁ、と相手の顔を思い出そうとして、あのときの映像が鮮明に脳内再生されて吐き気がした。あれ以来、部活では絶不調で、同期には「病気だよな、恋の」なんて冷やかされている。
もう四年も患っているのに、なんで今さらと自分でも思う。
きっと今までは、彼女から元恋人の話を聞いても、あくまで話の中だけの存在だったから、どれだけ聞いても想像の域を越えなくて、どこか現実味がないままでいられたのかもしれない。でも、その想像上の存在が急に現実世界に現れて、その姿を認識してしまってからというもの、随分前から諦めている恋なのに、勝手に嫉妬心を抱いてはどうにもできない現実に項垂れた。

今回を最後にした方がいいのかもな、と考えながら『いいよ』と一言、返事を打った。



「”MIRAI TICKET”の衣装の曜ちゃん、果南さんたちに『チャラい』って言われてたよね」
「私より果南ちゃんの方が断然チャラいのに」
「みんなシャツにネクタイとかなのに一人だけVネックにネックレスだからよ」
「だからあれは生地が足りなくなったんだって!」
彼女の家に着いてから一時間半、私は今日の飲み会に異変を感じていた。
なぜなら、彼女の口から愚痴が一ミリたりとも出てこないのだ。何なら、高校時代の話で盛り上がって、ここ最近の飲み会で一番楽しい。
いつもとは違う展開に内心びくびくしてしまうけど、久々に彼女の笑顔を見れたことが嬉しかった。

「どうしたの? ニヤニヤして」
顔に出ていたのか、彼女に怪訝な目を向けられる。
「んーん、なんか、今日の梨子ちゃんは楽しそうでよかったなぁと思って」
「何よそれ。まるでいつもは楽しくないみたいじゃない」
「だって私と会うときはだいたい泣いてるじゃん」
「そんなこと、……あるけど」
少し拗ねたように口を尖らせる姿が、まるで怒られた子どもみたいで、普段の大人びた彼女とのギャップから思わず笑ってしまう。
それが不服だったのか、頬をぎゅっとつねられた。
「りこしゃん、いひゃいです」
私の声を無視して、頬をふにふにとつまむ彼女。無言なのが恐い。
「曜ちゃんはさ、好きな人とか、いないの?」
「え?」
これまでは彼女の話を聞く一方で、こんなことを聞かれたことがなかったので少し驚いた。
彼女の手から解放された頬をさすりながら質問の意図を考えてみるけど、きっとただの興味本位だろう。
ここで「いる」って言ったら、梨子ちゃんは何て思うかな……きっと何も思わないよね。
「いないよ」
「そっか……」
「どうしたの急に? あ、次の恋の相談? 私、梨子ちゃんほど経験ないからうまく相談に乗れるかわからないけど」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
少し歯切れの悪い答えに頭の中は「?」でいっぱいだ。彼女は何か言いたそうにモジモジとしていて、非常に嫌な予感がする。
ここでまさかの重大発表なんて求めてはいないのだけど。
「実は結婚するの」とか? 「私のお腹には子どもが」とか?
どれであってもこの先、数週間、いや数カ月、下手したらもっと長い間、立ち直れないかもしれない。
いつかそんな日が来るとはわかっていても。

しばらくして、決意が固まったのか「あのね、」と彼女が話し始めた。

「私ね、ずっと前から好きな人がいるの」

その一言から始まった彼女の告白は、先日彼女のデート現場を目撃したときよりも衝撃的で。それなのに、頭を鈍器で殴られたような感じってこういうことを言うんだなと、やけに冷静な自分がいた。

「でも、その人は好きになっちゃいけない人なの。だから、他の人と付き合えばそんな気持ちもなくなるかなと思って色んな人と付き合ったんだけど、全然満たされなくて。それどころか付き合えば付き合うほどその人のことばかり考えちゃうの」

これまでの彼女の恋愛は、彼女の想い人ただ一人を忘れるためにされたものだと、彼女はそう言った。

だからいつも何かと戦っているみたいにがむしゃらに進んでいたの?
何度も何度も傷ついては、傷が癒えないまま、また次の恋を重ねていたの?
彼女がそうまでしてしまうほどに、身を焦がしている相手を心底羨ましく思った。

「そうなんだ……全然知らなかった」
「その人はね、すごく優しくて、友達思いで、真面目で。運動も料理も何だってできちゃうすごい人なのに全然自慢とかしなくて、私なんかが好きになるなんて申し訳ないくらい素敵な人なの」
まるで漫画やドラマのヒーローのようなその人を語る彼女の顔は、高校生の頃の彼女のようにあどけなくて可愛らしかった。
「会えばまた好きになるって分かってるのに、どうしても会いたくなって。せめてもの悪あがきで付き合ってた人の愚痴を話してみても、その人は優しいから嫌な顔一つせずに私の話を聞いてくれるの。いっそのこと嫌ってくれれば楽になるのに。私はその優しさにつけこんで、何度も呼び出しては話を聞いてもらってた」
段々と辛そうな表情になる彼女の顔を私は黙ったまま見つめていた。

「いつからか、その人と会う口実がほしくて、誰かと付き合っては別れてを繰り返すようになって……私、最低だよね」
自嘲する彼女の笑みはひどく疲れ果てていて、どうして彼女の好きな人が私じゃないんだろうと、自分だったら彼女にこんな顔をさせずに済むのにと、やり場のない思いに苛まれた。
「すごく好きなんだね、その人のこと」
「うん……」
「梨子ちゃんだったらきっとその人のことも振り向かせられるんじゃないかな。どうして好きになっちゃいけないの?」

その人のことを『好きになってはいけない人』と彼女は言った。
世間一般で言われるのは妻帯者とか、すでに相手がいる人。そうだとしたら、報われない恋だと思うし、さすがの私も応援できないんだけど。

「すごく大切な”友達”だから、かな。その人に想いを伝えれば、きっとすべてが壊れちゃうって思ってたから」
「思ってた、ってことは今は違うの?」
「うん……この間ね、その人を街で見かけたの。私の知らない誰かの隣を歩くその人を見て、嫌だなって思った。その瞬間ね、あぁ、私はこの人と友達でいる資格なんてないんだなって思ったの。だって友達だったら、その人の幸せを願うのが当然でしょ? でも、私はそう思えなかったの。誰のものにもならずに、ずっと私の話を聞いていてほしいって、すごく身勝手なことを考えちゃった……こんな醜い気持ちのまま、その人と友達でいることなんてできないって思ったらね、じゃあ最後に気持ちだけ伝えて終わろうかなって、変な勇気だけ湧いてきちゃって」

彼女の想い人が妻帯者じゃなかったことには安堵したけど、彼女のその決断が自分に刺さった。だって、私は彼女のようには考えられなかったから。ただただ彼女の話を聞いて、数少ない彼女とのつながりを必死で繋ぎとめて、彼女の幸せなんて二の次で、自分のことばかり考えて。
彼女の気持ちを醜いと言うのなら、私の気持ちはどれだけ浅ましく、卑しいのだろう。

償いになんてならないだろうけど、せめて、今だけは、彼女の幸せを願いたくて、

「きっと、うまくいくよ」

心の底から、嘘を吐いた。


「曜ちゃん、」
「うん?」
「……まだ、気付かない?」
「え?」
「私、元彼の話、曜ちゃんにしかしてないんだけどな……」

私にしかしていない? それが今の話と何か関係あるの?
彼女の意図していることが分からない。
梨子ちゃんの好きな人はすごく素敵な人で、でも好きになっちゃいけなくて、梨子ちゃんはその人を忘れるために色んな人と付き合って、でもやっぱり諦められなくて、会う度に愚痴を聞いてもらって、その人を忘れるために恋愛してたのに、そのうちその人に会うために恋愛するようになっちゃって……って、あれ?

「え、もしかして、」
いや、もしかしなくても。
彼女の顔を見れば、琥珀色の瞳が揺れている気がした。

「私ね、曜ちゃんが好き。高校生の頃からずっと、ずっと好きだった。あんなに愚痴を聞いてもらっちゃったから、もう信じてもらえないかもしれないけど、他の誰と付き合っていても曜ちゃん以上に隣にいてほしいと思う人はいなかったの」

眉を下げて「好きになってごめんね」と呟いた彼女の頬に伝う涙は、朝日が照らす海のように美しかった。


四年間恋い焦がれた相手に「好きだ」と言われた。
あんなにも待ち望んだ瞬間なのに。
私はなぜか、腹が立っていて。

だって、あなたはいつも突然で、私のことなんかお構いなしで、自分の好きなことを言って、好きなことをして、私の気持ちを弄んではまた次の相手と恋に落ちて。
あなたの話を聞く度に心を痛めて、それでもあなたに会いたくて、終わりのないジレンマに苦しむ私に、酔ったあなたは「だいすき」だなんて次の日には言ったことすら覚えていないような言葉を投げて。

一体私がどれだけあなたに振り回されてきたと思っているのだ。

「梨子ちゃんは自分勝手だよ」
「え、」

「いつも自分の話ばっかりで、」
「うん……」

「私の話は聞いてくれなくて、」
「ごめん、なさい……」

「梨子ちゃんと元彼との話なんて聞きたくないのに、」
「うん、」

「話を聞く度に、なんで梨子ちゃんの相手が私じゃないんだろうって、ずっとそればっかり考えてて」
「え?」

「こんなに好きにさせておいて、”好きになってごめん”なんて言わないでよ」

愚痴を聞いた翌日のテストが散々だったのも、

米派の私が卵のサンドイッチを好きになったのも、

桜を見る度、ワインレッドの髪を思い出してしまうのも、

ぜんぶ、ぜんぶ、あなたのせいだ。


「それ、ほんと、に……?」
「本当に」
彼女の目から零れる涙がまだ止まらないから、手を伸ばして親指でそっとその頬を拭う。

「曜ちゃ、……んっ」
そのまま距離を詰めて、目を丸くする彼女の唇に自分のそれを重ねた。

ほんのり香るお酒の匂いと彼女の唇の柔らかさに、すぐにでも酔いしれてしまいそう。
唇を食めば、漏れる声が艶っぽくて、少し震える睫毛がかわいくて。
歯列をなぞれば、混ざる唾液が甘くて、首に絡まる腕が愛しくて。

梨子ちゃん、ごめんね。
ようやく繋がった想いが溢れ出して、もう止められそうにないから。

私の全部、受け取って?



呼吸も忘れて彼女の味を堪能していたら、肩を叩かれ、そっと顔を離せば、口元を押さえる彼女の顔が林檎みたいに赤くなっていて。
「梨子ちゃん、顔真っ赤」
「っ、そんなのっ、ずっと片想いしてた人に、いきなりキスなんかされたらこうなるわよっ」
言わせないで、と目を逸らす彼女。

なにそれ、かわいすぎかよ、かわいすぎだよ。
百戦錬磨の恋の戦士がキス一つで顔を真っ赤にするなんて。

「ね、梨子ちゃん」
「な、に」

「もう一回」

後ずさる彼女の腕を掴まえて、四年分の愛を浴びせた。



ねぇ、梨子ちゃん。

あなた一人の話はもう聞き飽きてしまったから。

これからは私とあなた、"二人の話"をしませんか?



Fin.


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